4話 代償
「ツライ?」
魔法少女さんは優しくそう声をかけてきた。子供を労るかのような母性を感じた。
「イマカラ クツウ ヤワラゲル」
俺の身体に優しく触れてきた。その手からは何か生命力のようなものが流れて来たように感じた。吸血鬼になりつつある俺の身体に常にあった苦痛・・・それは魔法少女さんが手を触れただけで驚くほどマシになっていた。
「魔法少女さんは、治癒者 兼 壁役なのです」
未だ名前も知らぬ黒い女はそう言った。少しだけ誇らしげな・・・敬意を感じるような声だった。
「マシニ ナッタ?」
優しくそう声をかけてきた。俺は再び深々と頭を下げた。心からの感謝の表れだった。
下着を見ないように目をつぶりながら頭を上げた。
・・・・・・・・・・
店員の姿はいつの間にか消えていた。空気を察して席を外したのだろう、襖も静かに気づかないうちに閉じられていた。
「自己紹介は終わりましたね。今回集まった目的を今から話します」
黒い女はいつものごとく端的にそう言った。
「辛さはマシになりましたね。魔法少女さんは治癒の力を持っています。今回はあなたの吸血鬼化を何とかするためにこの場を設けました」
今までの女の態度からはありえない程有り難い話だった。
「勿論、タダではありません。治癒の条件は私達の組織に属すことです。あなたには一時的にではなくて永続的に・・・組織からの命令があれば最優先に従う義務が生じます」
この流れは予想していた。無料で何かを施すタイプの女では無いことを今までの短い付き合いで骨身に染みていた。
「あまりにも酷い命令違反や、失敗はあなたにとって不幸を招きます。そこを肝に命じておいて下さい」
わかりやすく釘を刺してきた。まあ、当然だろう。
「命令の内容は吸血鬼や他の化け物との戦闘が含まれることが多々あります」
予想はしていた。
「とはいえ、今のあなたは非力です。戦っても相手が強ければあっさりと負けるでしょう。それは組織もあなたも困りますね」
悔しいがそのとおりだった。俺は何度も何度も死んだことや、目の前で浩平の死ぬ姿を見たことで、自分の非力さを重々理解していた。
力無いことの悔しさは魂に刻み込まれていた。
「あなたには組織からあなたに相応しい力を貸与します。それは特殊な力を持った武器です」
武器がもらえるなら有り難い。
「どの武器も簡単には扱えません。それには熟練した技術や覚悟が必要です」
当然だ。
「そして、たとえそれが万全に備わっていたとしても、運がなければ武器の持つ呪があなたに禍を齎すでしょう」
・・・・呪。
「覚悟を決めなさい。世の中にはメリットだけのうまい話などないのです。化け物を滅ぼす力というメリットには、デメリットである己を滅ぼすかもしれない呪が必ずセットでついています」
・・・・呪いか。
「大切なことなのでもう一度言います。覚悟を決めなさい。そして呪を受け入れなさい。いつか彼方より訪れる逃れ得ぬ滅びを受け入れなさい。その時にようやくあなたは化け物を滅ぼせる力を手にすることができます。それが組織に所属する人間の最低限のスタートラインになります」
・・・・なるほど。納得の行く話だった。世の中にうまい話などない。あるとしたら詐欺師の話か、よっぽど恵まれた幸運だろう。
「なあ、ひょっとしてアンタや・・・そこにいる魔法少女さんも呪を受けているのか?そうなんだろうな・・・」
俺は話を聞いて呪の存在を確信していた。
「ご想像にお任せします。特殊な武器の能力も呪いも他者に内容を話すことは禁じられています。他者に能力を知られることは弱みに繋がります。また、呪いの内容を話すことは本人にも周囲にも禍を招く可能性があります。決して話してはなりません。たとえそれが家族であろうとも・・・大切な家族だからこそ話してはいけないのです」
呪いとはそういうものなのか・・・はたして俺は目の前に見えるあることについてどう考えたらいいのだろうか。
質問したいことが色々あった。俺は一番気になっている・・・聞きたくて聞きたくて仕方ない質問をようやくすることにした。
・・・返ってくる答えが怖くて聞けなかった質問だった。
「すまない、答えられないのはわかっているが質問させてほしい・・・魔法少女の服装も呪なのか?着替えることは・・・できないんだろうな」
「ええ、答えられません。呪いに関することについて話すことは禍を招きます」
話を聞いて俺は心から呪の実在を受け入れていた。そこに疑う余地はなかった。
視線を移すとそこには社会的な死をもたらすであろう呪を受けながらも泰然と座る・・・露出の激しい魔法少女のコスプレをした筋肉質な男がいた。
分厚い、一言で言うとただひたすらに分厚い身体だった。男が一度は憧れるプロレスラーのような筋肉質な分厚い肉体だった。
厚い胸板、割れた腹筋、頭部よりも太い首筋、手刀で狂牛を殺せそうなたくましい腕、全力で走れば地面が爆発しそうな程の力を秘めてそうな脚・・・全身は傷だらけの上に顔には眼帯。
魔法少女という名前が詐欺にしか思えない、変態にしか思えない露出の激しいコスプレをした男がいた。
男の年齢は明らかに俺より年上だった。具体的には還暦前ぐらいの年齢に見えた。
プライベートでも仕事でも出来れば関わりたくない相手だった。大抵の人は道を歩いていてこんな人を見かけたら、全力で見てみぬふりをするだろう。
男は変わらず大人の余裕を見せながら俺を見ていた。澄んだ優しい目だった。
すごく帰りたくなった。
・・・・・・・・・・
詐欺だった。やはりこのおぞましい黒い女は罠を仕掛けていた。
おそらく俺の性癖をチェックしていたのだろう、まさかそんな方面から俺を攻めてくるとは・・・油断してたつもりはないが流石だ。
魔法少女というよりは、ジェネラル、カーネル、ジェイク、ライデン、スネーク、ソリッド・・・そんな感じの名前の方が似合いそうな男だった。
プライベートの時間では葉巻をくわえてそうだった。魔法少女の服よりも軍服が似合いそうな男だった。髪型と服装さえ無視すれば眼帯だけはすごく似合っていた。
なんだろう、ミカンの中に一つだけスイカが混じっているようなものすごい違和感を感じる。
もやしの中に一本だけゴボウが生えてような・・・
あるいはハムスターの中に一匹だけ虎でもいるような。
この人は一体何歳から魔法少女をしているんだろう?考えるのが怖い。結婚とかしてるのかな?
考えるのが怖いが聞いてみたい。すごく聞いてみたい。さっきまでは全力でスルーしたかったが今はすごく知りたい。どうやれば自然な流れで聞けるだろう。とりあえず話を振ろう。
「ご趣味は?」
駄目だった。まるでお見合いの時の最初に聞くダメな質問みたいだった。
「ピアノです」
答えが返ってきた。ただし、聞いていない相手からの返事だった。黒い女の趣味はピアノらしい。記憶する必要など皆無な情報だった。
今後の人生に置いて役に立つ気が全くしない知識だった。少しだけ殺意が沸いた。
「あなたは何がお好きなんですか?」
しかも会話が続いてしまった。お前俺にそんなに興味ないだろう!と容赦なくツッコミを入れたかった。入れたら容赦なく頭部を潰されそうなので俺は日和った。
「最近は無人島を開拓するゲームを少々・・・」
今流行りの携帯型ゲーム機でプレイする方ではない。パソコンでプレイする18禁要素をふんだんに含んだ美少女ゲームだった。とてもいい出来だった。狸ではなくてグリズリーが出てくるゲームだった。
「楽しそうですね、題名はなんて題名ですか?今流行りのやつですか?」
答えられない質問が返ってきた。予想外にも食いついて来た。なんだろう実はゲーム好きなのだろうか?正直に答えても無反応な気がするが、反応を楽しめる度胸はなかった。この質問には答えられない。
「ところで、カーネルさんはご家族はいらっしゃ・・・失礼、魔法少女さんはご家族はいらっしゃるんですか?」
俺は強引に話を変えた。
「ツマ ト ムスコ イマス」
魔法少女は所帯持ちだった。結婚生活を想像しただけで恐ろしかった。




