3話 憧憬
幸いそれほど長く待つ必要はなかった。
「焼肉はお好きですか?血の滴る新鮮なお肉です」
数日後、あのおぞましい黒い女からはそんな不吉な予感を感じさせる電話がかかってきた。
「人肉を食う趣味はない」
俺は思わずそう返事しそうになったが、まずは話をちゃんと聞くことにした。二次元妹事件の教訓が生きていた。
女の指定した焼肉店はごく普通のビジネス街にある店だった。口コミを調べたらビジネスマンがちょっとした接待で使うような店だった。お値段も高かった。
焼肉は店にもよるがそこそこ値段のする料理だ。高級店ともなるとさらに高い。学生の俺にとっては気軽に食べに行ける店ではない。そこまでの金銭的な余裕はない。
財布に金は・・・残り少ないな。
そういえば浩平が消費者金融から借りた軍資金がまだまだ残っていたな・・・あ、浩平倒れたままだから返済できてないんじゃないか?
・・・返済計画についてはあいつが意識を取り戻してから相談するか。
少し悪いが焼肉分の金は追加で軍資金から借りるとしよう。
あの女は容赦や慈悲というものがない。奢りを期待して店にろくに金を持たずに店に行ったが最後、こんな展開になる可能性がある。
「私は焼肉には誘いましたが、奢るとは言ってませんよ・・・お金がないのですか?ここは私が出しておきますが、また一つ私に借りができましたね。ちゃんと・・・借りは返してくださいね」
想像するだけでも怖い。何をさせられてもおかしくない。
それに軍資金を手放せない理由は他にもある。
吸血鬼になりつつある今、吸血鬼に適した服や棺などその他諸々を買わなければならなくなる可能性がある。夏でも長袖で出来るだけ肌の露出を抑えたり、日焼け止めを塗ったり、ダメージを減らす工夫を考えなければいけない。試行錯誤しながらやるしかないが、まだ俺には金がいる。
すまんが・・・しばらく借りてるぞ浩平。お互い生きていれば返済計画を立てよう。
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指定された時間は真っ昼間だった。13時・・・日射しがきつい時間だ。
女からの連絡を待つ数日間の間に色々試した。幸い日光を浴びても灰にはならなかった。
ただ、長く浴びれば浴びるほど、体内に太陽の毒が籠もるような・・・人の身体で例えるならば内臓に重篤な炎症が起きているような、そんなどうしようもない癒えることのない痛みがあった。
それは中々の苦痛だった・・・だが、耐えることはできた。
「お久しぶりです」
相変わらず黒一色の服装だった。容姿と声だけは性格と反比例するかのように美しかった。腰まで伸ばしたストレートの黒髪が美しかった。不思議とあれほど明確に感じていたおぞましさはあまり感じなかった。
女は指定された店の前で周囲の視線を集めながら、何も気にした様子を見せずに立っていた。
店はビジネス街の一角にあり店の前は人通りが多かった。ビジネススーツ姿やオフィシャルな服装の人間が多い中、女は明らかに浮いていた。だが、それは悪い浮き方ではなかった。
「ああ、お久しぶり・・・昼の時間を指定されるとは思わなかったよ」
なんとなくこの女には夜のイメージがあった。この女も吸血鬼に類いする何かの化け物なんじゃないか?そんな印象を抱いていた俺だ。日の光の下でこの女が堂々と活動している姿を見るのは予想外だった。
あのおぞましい気配を感じないのは日光の下だからだろうか?そんなことを俺は考えていた。
「ランチタイムだとお肉が安いのです」
俺は思わず噴き出しそうになるのを堪えた。
・・・・・・・・・・
「ランチタイムだとお肉が安いのです」
無言で何も返答をしない俺に対して、女はそう淡々と一言一句同じセリフを同じ口調で繰り返した。
大事なことだからちゃんと2回言ったとかじゃないよな・・・
この女が実は焼肉好きでも別に害はない。肉が牛肉でさえあれば問題ない。
決めた・・・全力でスルーしよう。
「魔法少女さんはどちらにいらっしゃるのですか?」
俺は怒らせてはならない接待相手の機嫌を伺うかのように腰を低くしてそう尋ねた。
「魔法少女さんには中で先に席を確保して頂いてます・・・色々と話すこともありますので個室を取ってもらいました」
どうやら到着したのは俺が一番最後だったようだ。これでも予定の30分以上前には着いたのだが。
あと、もう一つ疑問が湧いた。
魔法少女という異名からは、年若い少女という印象を受ける。だが、年若い少女がこんな高級店の予約を取り、一人で中で平気で待てるだろうか?俺でも抵抗を感じる。
ひょっとしたら魔法少女はもう大人の女性になっているのかもしれないな。
魔法少女として目覚めた時は若くとも、人は誰もがいつかは年を取り大人になる。そう考えると魔法少女は長い間戦い続けている先輩なのかもしれないな・・・。
「では、中に入りましょう。たまに利用しますが美味しい良い店ですよ」
焼肉好きなのは確定だった。俺には関係ない情報だ、この女に個人的な興味はない。・・・スルーしよう。
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店内は広くて綺麗だった。そして、内装には力が入っていた。豪華さと上品さがうまく調和していた。
今までこんな店には来たことがなく、俺は緊張していた。値段も心配だった。浩平の軍資金を持ってきて正解だった。
黒い女は慣れた感じで制服を着た店員に声をかけ案内を頼んだ。俺は店員と女の後を歩き、魔法少女さんの待つ部屋へと向かった。先輩への敬意から自然と俺は心の中でもさん付けしていた。
敬意を抱きつつも、魔女っ子への性的な期待はしっかりとあるのだが・・・期待薄だが魔女っ子であって欲しい。大人になったセクシーな魔女よりは魔女っ子がいい。
でもまあ、その件はおまけだな。今はまず自分のこの化け物になりつつある身体の件と目を覚まさない浩平の件だ。
俺は魔女っ子に魅力を感じつつもそんな現実的な判断をしていた。
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ある部屋の前で店員が足を止めた。俺たちが靴を脱ぐのを待ち、素足になるのを店員は待っていた。俺たちの準備が整ったのを確認した店員さんは、跪き部屋の襖を静かに開けた。
襖が開かれると部屋の中が見えた、そこには魔法少女が綺麗な姿勢で座っていた。
紹介されるまでもなく一目で魔法少女だとわかった。癒やされるような静謐な雰囲気を漂わせていた。
とても、美しい・・・虹色に輝くようなピンク色のツインテールの髪と、魔法少女と一目でわかるような衣装を着ていた。そして手にはおそらくは魔法のステッキだろう・・・そういった雰囲気を持つステッキを持っていた。
露出の多い衣装からチラリと見える肉体は美しかった。そこから覗くのは成熟した豊満な大人の肉体だった。
「ハジメ マシテ」
言葉が苦手なのか拙い発音ではあった。だが落ち着いた・・・耳に優しく染み入るような声だった。
魔法少女は大人の余裕を感じられる表情だった。優しい瞳で座りながら俺のことを見ていた。背筋の伸びた、とても綺麗な座り方だった。
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魔法少女さんの服は露出の多い服装だった。
日曜日の朝にやっている子供向けの・・・魔法を使える少女達が主役のテレビ番組、いわゆる魔法少女が着る衣装を大人向けに改造したような服装だった。
胸元は大胆にV字に切れ込みが入っていて谷間が大胆に見えていた。下手したらそれ以上のものも見えそうだった。
魅力的なお腹とおへそが見えていた。お腹は綺麗に腹筋がつきキュッと締まっていた。
スカートはとても短かった。太ももは丸見えで少し足を動かせば見えてはいけない部分が見えそうだった。
そして、露出の多い服装からちらりと見える肌は、美しくも・・・傷だらけだった。
どれだけの戦場を経験したのだろう。自分の無力さを嘆いたこともあるだろう、友を亡くした経験もあるだろう、絶望に泣いた夜もあるだろう。
魔法少女の美しくも傷だらけの肉体や表情からはそんな戦歴を想像させられた。
辛い過去を嘆き立ち止まってしまうのではなく、過去を受け入れた上であくまでも前へと進み続ける。魔法少女が守るべきか弱いものたちを、自分がどんな傷を受けても守る、どんな攻撃でも受け止めて見せる・・・。
そんな覚悟と余裕を感じさせられる矜持に満ちた・・・だが慈悲溢れる優しい表情だった。
先ほどは触れなかったが、魔法少女の顔にも傷があった。
そして左目には醜い傷口を人の目に触れぬように隠すためか眼帯がつけられていた。
おそらくは一つしかない残された瞳で呆然と立ち続ける俺のことを優しく見ていた。
「ナカヘ ドウゾ」
落ち着いた声だったが、奇妙な強制力を感じた。俺は慌てて部屋に入った。
「は、はじめまして、若輩者ですが宜しくお願いします」
俺は畳に座り正座して深く頭を下げた。
頭を上げると、畳に正座する魔法少女のミニスカートから下着が見えそうで俺は慌てて目を逸らした。




