2話 変化
魔法少女に会える。
あの女から聞いたその吉報は俺にある種の意識変革をもたらした。
二次元への興味よりも三次元への興味が僅かに上回ったのだ。
今の自分の姿はどうだろう?魔法少女に会うのに失礼な、不快な姿をしていないだろうか?そんなことがふと気になった。
思えば吸血鬼事件や浩平の実家訪問の件で憔悴しきった俺は、ここ最近自分の身嗜みに注意を払うような余力はなかった。
今の自分の見た目を確認しよう。俺は風呂場にある洗面台の鏡を求めて部屋を出て風呂場に向かった。
扉を開けた。そこには風呂上がりに脱衣所で下着をつけようとしている状態の妹のリサがいた。
俺は何ごともなかったかのように無言で扉を閉ざした。
俺の嫁のカナコには遥かに劣るが、そこそこ成長していた。魔法少女と比べるとどうだろうな、魔女っ子だし小さい予感はするが・・・。
あまり扉の前で待っているのも良くないだろう、俺はしばらく少し離れた場所でそんなことを考えながらリサの着替えが終わるのを待つことにした。
思っていたより長い時間を待った。扉が開きリサが出てきた。
リサが思春期に入ってから会話の少なくなった俺たちだった。そして、俺がしばらく行方不明になり返ってきた時はさすがに少しだけ会話をしたが、浩平の妹が二次元だったショックが抜けず二十日ほど部屋に引きこもっていたら自然と交流は途絶えていた。
俺は無言で片手を上げて挨拶を交わし、速やかに脱衣所に入ろうとした。
「何か言うことはない?」
こちらを見ずに脱衣所への入り口を身体で塞ぐリサが棘のある口調でそういってきた。
一瞬、なんのことだろう?と疑問を感じた俺だったが、求めているであろう答えを返すことにした。
「ダブルAランクだな、形は悪くない。伸びしろを感じる。まだまだ実力が伸びるのはこれからだ」
吸血鬼になり視力や観察力の上がった俺は、リサのバストサイズを一瞬で見抜いていた。
童貞を捨てる前の俺ならば妹の半裸姿に動揺したかもしれないが、二次元でカナコと何度も愛し合った俺にとって妹のリサのサービスシーンごときに心は何一つ動きはしなかった。
実妹の半裸姿は、例えるならゆでた枝豆のサヤ程度の価値しかなかった。
吸血鬼と戦った経験も生きていた。確かな成長を感じた。
俺のあまりにも的確な返答に動揺したのだろう。リサの肩は少し震えていた。
「失礼するぞ」
俺はそう言ってリサをその場に残し脱衣所の中に入った。そして、当初の目的の洗面台にある鏡に自分の姿を映し確認した。
・・・確認しようとしたんだ。
鏡には俺の姿は何も映っていなかった。着ている服だけが映っていた。
・・・・・・・・・・
鏡に俺の姿は全く映っていなかった。服だけが映っていた。
どういうことだろう?
吸血鬼は鏡に映らない・・・という伝承は前世でも聞いたことはある。そして現世であの吸血鬼と戦う前にネットの情報を調べた時にも確かにそう書かれていた。
だが、吸血鬼との戦いが終わったあの日、救急車の中では俺は窓に映っていた。
窓に映る半裸で勝負下着とガーターベルト姿の俺が罪深いセクシーさを醸し出していたのをよく覚えている。浩平の命の恩人とはいえ少し救急隊員に過剰なサービスを提供し過ぎたかもしれない。
あれから日数が経つにつれ、俺は人間から吸血鬼に近づきつつあるということなのか?
あの女に施された処置の効果が薄れている?そういうことなのだろうか?
魔法少女に会えるとウキウキしている場合ではなかった。
完全に吸血鬼になった場合、俺はどうなるのだろう?見境なく誰彼構わず血を吸う化け物になるのか?
それとも理性はそのままだが、人間の血を吸い続けなければ生きていけない悲しい化け物になってしまうのだろうか。
前者と後者はどちらがマシなのだろう。
前者だと俺は家族にも襲いかかる可能性のある単なる獣になる。その場合、自害しよう。
いや、自害しても俺にはループ能力があるから意味がないか・・・。
後者だと俺は心は人間のままだが、人間を狩らないと生きていけなくなる。人が毎日3食のご飯を食べるかのように血を吸うことが今後の俺の日常になるのだろうか?
吸血鬼に関しての知識が必要だ。
俺は早くあの女に会わなければいけない。
あの女の連絡先を知らない以上、連絡を待つしかない。
まさか、あの女からの連絡を心待ちにする日が来るとはな・・・何日後になるかわからないが耐えよう。
近いうちに会ってもらう・・・そんな話だった。そう遠い日の話ではないはずだ。
意地でも耐える・・・苦痛に耐えるのは慣れている。俺には既にあの狂気の夜を乗り越えた経験がある。
考えることに夢中で気づかなかったが、横にはまだリサがいた。そしてリサは様子のおかしい俺のことを心配しながらこっそり見ていた・・・らしい。
後で知った話だ。
・・・・・・・・・・
それにしても困ったな。
吸血鬼になりつつある問題については耐えるしかないということでいったん棚上げだ。
他にも実生活を行う上での問題がある。
浩平の実家に行ったときも感じていたが、日射しの強い所では俺の身体は体調が悪くなる。
直射日光が一番俺の身体には堪える。
日陰や室内に入ってしまえばいくらかはマシなのだが、それでも遮光カーテンを締め切った室内や窓のない部屋と比べれば、外にいると刻一刻と体力を削られるような感覚がある。昼間は長時間は外に出れない身体になってしまった。
吸血鬼化の進んだ今、多分今はもっと日光がきつく感じるだろう・・・困ったな。さすがに灰にはならないと思うが・・・少し怖い。
他にも問題がある。鏡のある場所では迂闊に行動ができなくなった。
例えば歩きながら誰かと会話しているときにふと、鏡のある場所で立ち止まったとしよう。
その誰かが鏡を見たら、誰かは鏡に映るのに俺は映らない。宙に浮いた俺の着ている服だけが鏡に映ることになる。
それは誤魔化しようのない明らかな異常だ。
そして人間と言うものは自分と違う異常だと思う存在に対して排他的になるという性質がある。鏡に映らないことがバレると俺は人間から迫害される可能性がある。
吸血鬼は鏡に映らないということは、少し調べればすぐに出てくる知識だ。便利になったネット社会だが、俺のような化け物になりつつある存在にとっては逆に不便だ。
鏡に映らないやつがいる、そんな書き込みを俺の名前や姿を詳細に書いた上でネット上に書き込まれたら?良い未来は想像できない。最悪魔女狩りみたいな目に合う可能性がある。
なんせ、俺は吸血鬼の力はあるがその力は弱い。あの吸血鬼のように強ければ反撃もできるが今の俺には大した力はないのだ。
おそらく今の俺は写真にも映らないだろうから、今現在の画像は出回らないだろう。だが、過去の卒業アルバムなどの写真には俺は映っている。当時は純粋な人間だったからだ。
小学校、中学校、高校・・・だめだな。かつて所属していた学校の卒業アルバムを処分して回るのは現実的ではない。数が多すぎる。少なくとも1000部は超えるだろう。
それだけの数を違和感を抱かれずに処分する能力は今の俺にはない。何か対策が必要か・・・悩みどころだ。
今後も鏡に映らないことが続くのなら過去を消す必要があるかもしれない。
あと、他にも問題がある。
生活の質に関する問題だからそこまで大したことはない話なのだが、魔法少女に会うのだから俺は少しおしゃれをしようと思っていた。つい先程まではの話だが。
ボサボサになった髪を美容院にでも切ってもらおうと思っていたが、美容院で座席に座った段階で美容師に異常に気づかれるだろう。
目の前に人がいるのに鏡には宙に浮いた服だけが映っている。仮に俺が美容師ならちょっとしたホラー体験だな。
俺は美容院には今後行けなくなった。そして、服屋も利用に制限がかかる。服を手に取り身体に合わせて似合うか似合わないかの判断ができない。
そして試着しても俺の姿は映らないから、着心地の確認という意味以外は試着の意味がなくなる。おしゃれをしようと思っても難易度が上がってしまったな。
服は組み合わせを考えて通販で買おう。髪の毛は自分で手探りで切るしかないのか?
おそるおそるやるしかないな・・・頼める相手がいない。誰かに頼めば俺の異常性がバレる。
それは俺の身の安全に関わる事態だ。鏡一つでここまで問題が出るとは・・・。