1話 転機1
自分の盛大な勘違いが原因で引き起こした数々のろくでもない出来事に、俺はショックを受けて塞ぎ込み立派なひきこもりになっていた。
浩平の極めて紛らわしい言動があったとはいえいくらなんでも酷すぎる結末だった。あれだけ意味深な態度を取っておいて、妹が実在せずに実はずっと二次元の話をしていたなんていくらなんでも思わない。
というか今思い返すと、浩平は俺の勘違いに気づいていたな。何度か見た何か言いづらいことを言おうかどうか悩んでいた顔は・・・そういうことだったんだな。
頼むからそういう大事なことは早く言ってほしかった。心底早く言ってほしかった。あの吸血鬼との死闘は何のためにあったんだ?塞ぎ込んだ浩平の気分転換に廃ホテル探検になんて誘わなければ良かった。
美少女ゲームをプレイするパソコンが故障しただけのことをあれだけ深刻そうに言いやがって。何が大切な妹に会えなくなっただよ・・・
ああ・・・俺は浩平のお父さんになんて態度を取ってしまったんだろうか。自分の言動を少し思い出すだけで恥ずかしかった。
浩平のお父さんは最初から何一つ嘘をついていなかった。極めて誠実に対応をしてくれていた。
浩平に妹は存在しなかった。座敷牢に監禁されている妹なんて最初から存在しなかった。
良かった・・・座敷牢に監禁されている不幸な妹はいなかったんだな。本当に良かった。
良かったじゃねえよ。何も良くねえよ。
存在しない妹に会わせろと詰め寄る俺に浩平のお父さんはさぞ困惑したことだろう。
何言ってんだこの頭おかしいやつ?くらいに思われてても何の不思議もない。あのときの俺に余裕は皆無だった。さぞ血走った余裕のない目と表情をしていたことだろう。
その上、目の前にいる頭のおかしい人は息子が持っている美少女ゲームのキャラクターの名前を妹の名前として真剣に語りだしたんだ。
さぞ、対応に困ったことだろう。そもそも息子の持っている美少女ゲームについて語りたい父親など存在するとは思えない。
誰がわざわざ業の深い義妹ものの美少女ゲームに息子がハマっていることについて語りたいと思うんだ。しかもオナホール付きの等身大抱き枕まで買っている息子だ。その存在を思い出すだけでなんとも言えない気持ちになるだろう。しかも明らかに使用済み。
浩平のお父さんは一人暮らしをしている浩平の部屋から何を思ってあの美少女ゲームとオナホール付きの等身大抱き枕やその他諸々を持ち帰って蔵の中に放り込んだのだろうか?考えただけで切なくなった。
意識不明の重体に陥っている愛息子の使用済みオナホールを見つけた父親の気持ちなんて俺には想像することすら難しかった。
自分の行動を思い返すと恥ずかしくて恥ずかしくて仕方なかった。俺はベッドの上でひたすらゴロゴロと悶えるように奇声を上げながら寝返りを繰り返していた。穴があったら入りたかった。
しばらく行方不明になっていた俺を家族は怒りつつも心配していたのだろう。部屋に引き籠もる俺に最初は優しく対応してくれた。
だが、日数が経つにつれ、段々と家族の目は厳しくなっていった。妹が俺を見る目から優しさが少しずつ失われて行き、今ではまるで虫けらを見るかのように変化した。
虫けらを見るかのような蔑んだ視線を向けられた俺はこう思った。
悪くない。むしろこれはこれで・・・ありなんじゃないか?
妹は可愛い。そして可愛い妹に蔑んだ目で見られるのはなんというかこの・・・背筋がゾクゾクとしてなんだかたまらないものがある。
酷いことが続き色々と追い詰められていた俺はマゾに目覚めかけていた。既に手遅れな事態は色々と起きていたが、性癖も手遅れになりつつあった。
ようやく俺はそこで危機感を抱いた。相手は実妹だ・・・いくらなんでも不味過ぎる。マゾなのは別に構わないが相手が悪過ぎる。妹に興奮していいのは二次元だけだ。
性癖の対象を他に移そう、何か手頃なものはないか?ふと、部屋の角に視線を向けるとそこには美少女ゲームの箱が落ちていた。
それは俺と浩平をこの呪われたろくでもない運命に叩き込んだ原因の一つである義妹ものの美少女ゲームだった。悔しいことに箱に書かれている義妹は可愛かった。見ていて少しだけムラムラした。
藁にもすがる思いだった俺はとりあえずインストールだけ・・・先っぽだけならルール違反にはならない筈、そんな気持ちで実家にある俺専用のパソコンにゲームをインストールした。
・・・・・・・・・・
・・・悪くない。
いや、これは・・・そこそこいい。
いや、これは・・・かなりいいな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこ(二次元)には天使がいた。
見た目の美しさだけではない。
傷ついた俺のことを本当に思いやって労ってくれる理想の義妹の姿がそこにあった。
異世界転生した俺のヒロインはここ(二次元)にいた。
俺はようやくこの世界に生まれてきた意味を見つけた。強くそう確信した。
レオタード姿の感度数千倍の忍者よりも早く即落ちしていた。そう、それはまさに神速の捷さだった。
カナコとの二人きりの無人島生活は楽しかった。
時折、サメやグリズリーが襲ってきたりしたが、吸血鬼との戦闘で得た冷静さや判断能力を活かした俺は困難に的確に対処した。
現実世界と違い丸太の攻撃力は頼りになった。
毎日ちょっとしたことに幸せを感じた。
「お義兄ちゃん・・・」
恥ずかしそうにそう呼ばれるたびに幸せを感じた。
そんなありふれた毎日、だが幸せな日々を過ごすうちに、少しづつお互いに相手へと抱く愛は深まっていったのだろう。
俺とカナコ(CV長宗我部 信雄)は無人島(二次元)の中で結ばれた。無人島にはコンドームという二人の愛を妨げる無粋なものは存在しない。当然のごとくナマだった。
俺は前世から守り続けていた童貞を最高の形でようやく捨てることができた・・・むしろ愛する者に捧げることが出来た。そんな気持ちに抱かれながら幸せな時を過ごしていた。
そして・・・俺は久しぶりに2階にある俺の部屋からベランダへ出て夜空を見上げていた。
そこには相変わらず美しい月があった。
辛いことは本当に色々あった。
何度も泣いた・・・絶望の夜を何度も何度も繰り返した。
月はいつも変わらず優しい光で俺を祝福してくれる・・・そんな優しい気持ちが心の中から湧き出てきた。
俺はようやく今回の事件で傷ついた心や身体を癒せたのかもしれない。
いつまでも俺は穏やかな気持ちで夜空に浮かぶ月を見上げていた。
その時だ。部屋に置いてある俺のスマートフォンが振動していた。
人間の頃なら距離があり気づかなかっただろうが、吸血鬼の能力を手にした俺にはよく聞こえた。
やれやれ・・・なんだろう。
俺はスマートフォンを手にし、発信者不明の電話に出ることにした。
「お久しぶりです」
淡々とした声だった。あのおぞましい黒い女からの電話だった。
幸せな気持ちは一瞬で吹き飛び、俺の心は何を言われても対応できるように戦闘態勢に入っていた。
「近いうちにあなたには時間を取ってもらいます」
女は決定事項を告げるかのようにそう言った。
「・・・俺は何をしたらいい?」
この女には逆らえない。今も浩平は病室で眠ったままだ。吸血鬼事件のきっかけを作った一因が、二次元妹虚偽申告問題の主犯である浩平にもあることがわかり、俺の肩の荷は少しだけ下りていた。
その分だけ俺の罪悪感は少しだが薄れていた。
だが、それでもだ・・・何度も繰り返す死の中で俺を庇って死んだ浩平の姿を覚えている。
自分が今にも死にそうになっているのに俺に逃げろと言ったその声と表情を覚えている。
あの馬鹿は・・・一度たりとも俺をおいて逃げなかった。
たとえあの馬鹿が二次元と三次元の区別がつかない馬鹿でも見捨てる気はなかった。
二次元世界の底なし沼にどっぷりと肩まで浸かりつつある自分のことを棚にあげてそんなことを俺は考えていた。
無理難題だろうが、何でも引き受けてやる。勇ましいことを考えながら俺は女の要求を待っていた。
「あなたには私が所属している組織のメンバーの1人、魔法少女と呼ばれる人物と今度会ってもらいます。」
女は淡々とそう言った。
・・・トゥンク
俺は自分の胸がわずかにときめくのを感じた。
「魔女っ子に会える・・・だと?」
俺のエターナルヒロインであるカナコへの申し訳無さはある。
あるのだが、異世界転生した主人公であろう俺はハーレムを作っても許されるのではないだろうか?
少し嫉妬深いところのあるカナコは・・・浮気を許してくれるだろうか?・・・いや、きっと大丈夫だろう。
なんせ、数多あるカナコの魅力の一つは年下なのに包容力のあるところだしな。
魔法少女、そんな素敵な単語に思わずときめいた胸と頭で混乱しつつ、二次元と三次元の区別がうまく出来なかった俺はそんなことを考えていた。
俺の胸はトゥンクトゥンクとしばらくときめき続けていた。