①いつか至る未来
「魔王様、軍勢の準備が整いました」
「・・・そうか」
「いつでも人間どもを皆殺しにできます・・・」
「・・・そうか」
「ご命令を」
「出来る限り・・・苦しめて殺せ。人間どもの悲鳴が世界に響き渡るように考えつく残虐なことは全てやれ。詳細は任せる。ただ、全滅はさせるな。苦しめて殺す相手がいなくなれば・・・次の相手に困る。次は・・・味方同士でやるしかなくなるからな」
「承知致しました。やつらに絶望の悲鳴をあげさせてやります」
「今後のことは任せた。俺はやることがある」
「はっ」
「俺は自分のやることに専念し続ける。命令の撤回があるまでは人間どもを絶滅させないように苦しめ続けろ。そして苦しめる方法も新たに考え出して不定期に変え続けろ。でなくてはつまらない・・・だろう?」
「はっ。委細承知致しました。魔王様・・・どうか、どうか・・・ご無理はなさらないでください」
「・・・では、まかせた。俺は俺のやることをやる。やらねばならん。おそらくこれが最後の命令だ。さらばだ」
「今までよく俺に仕えてくれた・・・礼を言う。頼んだぞ。ではな・・・お前も・・・身体を大切にしろ」
魔王の側近は膝を折りながら顔を伏せて静かに涙を流していた。涙に気づかれないように顔を伏せていた。
泣かないと決めていたはずだった。
だが実際に魔王に別れを告げられ、そして身体を大切にしろと言われた瞬間あっという間に我慢の限界が来てしまった。
足音が聞こえた。魔王の立ち去る足音だ。側近は顔を上げた。顔を上げ涙を流しながら魔王がどこかに立ち去るのを見続けていた。忘れないように。何年経とうと忘れないように。
引き留めたかった。引き留められなかった。本当は足元に縋り付いて泣き喚いてでも引き留めたかった。私を置いていかないで欲しいと泣きたかった。魔王は優しかった。ずっと優しかったのだ。
本当は魔王と別れたくなかった。全てを捧げてでも引き留めたかった。だが、それだけはできなかった。
側近は魔王の事情を知っていた。故に引き留められなかった。側近は泣きながら決意した。魔王の命令を守る決意だ。鬼になる決意だ。悪魔になる決意だ。人であった頃の良心を全て捨てさる決意だ。何もかも全て捨て去る決意だ。
側近は鬼畜外道に落ちようとも誰が死のうとも何があろうとも魔王の命令を守り続ける決意をした。側近は嗤っていた。狂ったように嗤っていた。正気など別にもう必要がなかった。むしろ狂ったほうが命令を守るには好都合だった。
狂ってもいい。狂ってもいい。たとえどうなろうとも守り続ける。死ぬ前にもし一目でも会えるなら、もうそれで良かったのだ。側近はいつしか魔王を愛していた。自分のことなど愛していないことは知っていた。だが、報われなくても愛していた。それで良かったのだ。出会った頃からずっと愛していたのだ。
「魔王様の命令を・・・守ろう。命に替えても何ものに替えても。人間を苦しめ続けよう。百年経とうと、千年経とうと・・・あの人が戻るまで」
魔王の側近はそう・・・堅く決意した。そして決意の通りに実行した。何を失おうとも実行し続けた。
人にとっての暗黒時代ともいうべき・・・絶望に満ちた世界の始まりだった。