19話 誤算
黒い女との遭遇や交渉はうまくいった。
と言っても自分から勝手に現れた女の要求をそのまま受け入れただけだ。交渉と言えるほどのものではない。
女とのやり取りは初回とほぼ変わらず、浩平がいる点で少しだけ違う会話をしたりもしたが基本的には同じだった。
噛まれて血を吸われた俺は一週間でもとに戻れなくなること。そこも同じだった。
俺と浩平が肩に植えられた植物に関しては対処法があるから問題はない。女はそう新しい情報も教えてくれた。
2回目だからやり方はわかっている。
何分時間稼ぎをすればいいかもわかっている。
今回の吸血鬼との対峙に浩平は不要だった。というよりはもう目の前で死ぬ姿を見るのが嫌なのが本心だった。
俺は浩平を説得し、今回は俺一人で行くこと、勝算が充分にあること、吸血鬼に噛まれたことで俺の身体能力が向上していること、浩平が来るとむしろ足手まといになることを時間をかけて説明した。
「・・・わかった」
浩平は苦渋に満ちた表情をしていたが、絞り出すような声でそう返事をした。
俺は浩平や女とその場で別れ、再び廃ホテルの中に足を進めた。
・・・・・・・・・・・
吸血鬼との最期の対峙が始まった。
哀れなエモノである俺を前に、こちらを嘲笑いながら話をする吸血鬼を前にしながら俺は内心しめしめと思っていた。
このまま相槌を打ちながら話が続けばいい、内心そう余裕を見せていたら吸血鬼の雰囲気が変わった。
こちらを侮ってはいたが長く生きているだけあり観察力があるのだろう。初回の時にはなかった俺の内心の余裕に違和感を感じたのかもしれない。
吸血鬼の表情が変わり無言になり・・・なんの宣言もなく攻撃が始まった。
必死に避けた、受け止めた、ぶん殴られた、切り刻まれた、化け物になりつつある自分の再生力がなければとっくに死んでいた。
短いはずの時間が無限のように感じた。俺の余裕は一瞬で吹き飛んだ。
吹き飛ばされてズタボロにされつつもかろうじて生きている状態で吸血鬼はこちらを面白く無さそうに見ていた。
このままトドメを刺されるのかもしれない・・・そう思って諦めかけた瞬間に吸血鬼の動きが止まった。そして・・・吸血鬼の身体から炎が突然勢いよく吹き出した。
一瞬だけ吸血鬼は驚いたのか叫び声をあげたが、その後は何かを悟ったかのような表情を一瞬だけしてこちらを見た。
こちらを見ている吸血鬼は、身体を燃やされつつも余裕があるようなこちらを讃えるような・・・本来ならありえない表情だった。
ズタボロになりろくに動けなくなった身体で俺は吸血鬼が燃え尽きるのを、表情に違和感を感じながらもじっとそのまま眺めていた。
吸血鬼はそのまま灰になり、命を賭けた最期の対峙が終わった。
繰り返した悪夢の夜がようやく終わりを告げた。
・・・・・・・・・・・
吸血鬼との戦闘でズタボロになった俺は、燃え尽きた吸血鬼の灰を見ながら休んでいた。
まだ人間に戻れていないのだろうか?不思議なほど傷の治りが早い。ぐんぐん治っている。
帰ったら何をしようか・・・最期の戦いに勝った満足感と、二人とも生き延びたことへの喜びを感じながら俺はそんなことをのんびりと考えていた。肉体の傷が完治とまでは行かないが普通にゆっくり歩く程度には支障ないレベルまで回復した。
俺はゆっくりと立ち上がり、部屋の外に歩いていく。少し足を引き摺りながらゆっくりと外へ外へ。
吸血鬼のいたスイートルームを出た。部屋の外でも何かを燃やしたのだろうか・・・何か燃えた後のような匂いがほのかにしていた。下に降りれば降りるほど匂いは強くなった。
階段を4階まで降りた瞬間、廊下の先にある部屋のドアのあたりに少し変わった何かが見えた気がした。
確かめてみるか・・・軽い気持ちで俺は足を進めた。一歩ずつ近づいて行くごとに嫌な予感が少しづつ湧き出し強くなっていった。
少し変わった何かは、ドアからビッシリと伸びた血の色をした植物の蔓に全身を絡め取られた浩平のような姿をした何かだった。
食虫植物ならぬ吸血植物だったのだろう、浩平の身体は血の気が引いて白くなり、先ほど別れたときの身体と比べて一回り小さくなったように見えた。
・・・失敗した。
俺の親友は俺だけを戦わせて安全な場所で何もせずにただ待っていられるような男ではなかった。
あの馬鹿は一度も俺を置いて逃げたりしなかった。しなかったんだ。
馬鹿だが・・・他人のために命を賭けられる誇り高い男だった。
「馬鹿野郎・・・外で待っとけって言っただろうがよ・・・畜生この馬鹿が、何で外で待ってないんだよ!俺なんか見捨てろよ!素直に言うこと聞けよ!馬鹿野郎!」
俺は泣き叫びながら植物の蔦を引き千切り浩平の身体を引きずり出した。
まだ暖かい。手遅れではない。
一縷の望みをかけ、俺は浩平の身体を抱き上げて廊下を走り階段を降りていた。
そしてビルの外にはあの・・・黒い服を着た女が俺を待っていた。相変わらずこちらになんの興味もなさそうな、これから屠殺される家畜を見るような表情だった。




