18話 対峙
悩んではいたものの吸血鬼退治の大きな方針はもう結論が出ていた。
俺たちでは吸血鬼は倒せない。
何度も挑んだ。何度も何度も挑んだ。そしてその度に死んだ。死ぬ度に俺は何かを喪っていた。
白木の杭、銀の食器や串、十字架、鉄の斧、にんにく、火炎瓶、丸太、バールのようなもの・・・すべてあいつにはまともにダメージを与えることはできなかった。
アイツに明確なダメージを与えれたのは黒い服を着たあのおぞましい女と女から渡された刃物だけだ。
吸血鬼という化け物は素人の俺たちには倒せない。
おそらく・・・似たような化け物であるであろうあの女に倒して貰うしかない。
あの女には最初のループの時以来出会えていない。なぜ出会えないのだろう?
1回目と2回目以降の自分の行動と、あの女の言動をノートに書き込み考察してみた。
仮説だが結論は出た。
1.あの女は吸血鬼を処分するためにここにやってきた。
2.あの女の力を持ってしても吸血鬼を倒すのは簡単ではなく、まずは吸血鬼の能力や考え方、性質を調べるために今は偵察中。
3.俺たちがあの吸血鬼の注意をひいている間、あの女は吸血鬼のアジトである廃ホテルで、吸血鬼の調査と処分するための準備を誰にも見つからないように隠れながらしている。
4.調査と準備が完了した段階で、俺たちのうちどちらかが生き残っていれば、俺たちを囮として利用するためにあの女は現れる。
結論→俺たちは吸血鬼を自力で倒そうとしてはいけない。2回対峙して注意だけ引けばいい。注意だけ引いて時間稼ぎをする必要がある。毎回自力でなんとかしようとしてたからダメだったのだな。
考えを整理して出た結論は簡単だ。
2回吸血鬼の興味や注意を引いて時間稼ぎをすればあの女がなんとかしてくれるだろう・・・とノートに書くのは簡単だ。
何度も殺されて吸血鬼の怖さや動きに少しづつ慣れてきてはいるが・・・あの吸血鬼は間違いなく化け物だ。
だが他に方法はない。
ループして吸血鬼の動きに対応しつつある・・・俺がやるしかないな。俺と違い常に初体験の浩平には無理だ。
そしてもう一つ懸念材料がある。一回目の時に俺はあの女に殺された。
殺された理由は・・・希望的観測ではあるのだが、おそらく俺があの吸血鬼の血を吸うことでもう人間には戻れない化け物になったからだろう。
思えば血を吸うということは人間からかけ離れた行動だ。むしろ積極的に人間から吸血鬼に近づくための行動だろう。
あの女は血を吸うなとは特に注意はしていなかったが、それはあの女のこちらが生きていても死んでいても良いというある種の無関心さの表れだった・・・ように思う。
最初から始末するつもりだったとは思いたくない。その場合、現状は詰んでいる。
ひたすら逃げ回り、あの女が俺たちとは無関係なところで吸血鬼を退治してくれるのを待つという方法もあるにはあるが、それが一週間以内に終わる保証はない。
一週間が過ぎると俺たちの家族にあの吸血鬼が手を出す可能性がある。
家族が吸血鬼の手にかかる姿は見たくない。想像するだけでも辛い。
もうあんな目にあうのは俺だけで充分だろう。俺は無言で覚悟を決めた。
・・・・・・・・・・
結論は出た。
浩平との作戦会議の末、俺たちは再び廃ビルの前に立っていた。
月のきれいな静かな夜だった。
コッコッコッ・・・履きなれたハイヒールの音がビルの床に響いていた。
最初は履きなれず、ハイヒールで歩くのにも苦労したものだが気づけば流れるような動きで歩けるようになっていた。
吸血鬼と戦った経験が生きた。
作戦会議は既に結論を出していた俺がメインで作戦を提案した。
「吸血鬼退治のために俺は女装する。女装に必要な黒い勝負下着とイヤらしいガーターベルトと歩くと下着の見えそうなミニスカートとボタンを外すとオッパイが見えそうになる淫らな色気のあるシャツと金髪ツインテールのウィッグを貰いに妹パラダイスに行くぞ!そして鼻のきく吸血鬼の臭覚を誤魔化すために身体にすっごい匂いをつけてもらうすっごいプレイをしにイクゾ!まずは汗だ。あの子のくっさい汗を俺の肌に塗り込むようにお互いの肉体をぐっちょんぐっちょんに絡めながら汗を肌に塗り込んで貰いに行くぞ。それが終わったらおしっこだ。やはりおしっこは欠かせない。おしっこをいっぱい全身にかけてもらいに行くぞ。何ならゲロもかけてもらいにいくぞ。必要だ。必要なんだよ。さあ行こう。おしっことゲロをかけてもらいに行こう。何なら飲んでもいい。飲んでも食べてもいい。必要ならば俺はおしっこを飲もう。ゲロも食べよう。善は急げという。これは吸血鬼を殺すのに必要なんだ。決して俺の趣味とかじゃない。必要なことなんだ。今の俺にはあの子のおしっことゲロが必要なんだ。わかるよな?浩平。おしっことゲロが必要なんだ。顔面からいっぱいかけて貰う必要があるんだ。わかるよな?納得したら今すぐ行こう。これは吸血鬼を殺すのに必要なことなんだよ」
俺はそう熱弁した。
毅然とした態度でそう主張する俺を見て浩平は頼もしさを感じていた筈だ。
不思議なことに気づけば浩平は何かを必死に堪えるような顔をしていた。囮という危険な役割を果たす俺の身を案じていたのかもしれないな。
「大丈夫だ、全てうまく行く。俺に任せろ」
俺は可能な限り優しく微笑んで浩平にそう語りかけた。浩平はひたすら俺のことを何か諦めたような顔で見ていた。
店内での流れもスムーズだった。
2日連続であった店員さんは優しくこちらを見ていた。
「好きだなあこいつら・・・」
そんな心の声が聞こえた気がした。店員さんから聞かれる質問には的確に答えを返せたと思う。
俺はリサちゃんを指名し犬の吐瀉物の体臭やおしっこを身体に染み込ませ、浩平にはカナコちゃん(カナコくん)を指名しておいた。
匂いが染み込むまでの時間がすぎるのを無言で待つ間、隣の部屋から親友の断末魔が聞こえたような・・・そんな気がした。
廃ビルの中を歩く浩平の目は少し虚ろだった。カナコくんと素敵な穴掘り遊びでもしたのだろうか。理由はわからないが少し歩き方が何かをかばうように不自然な歩き方をしている・・・ような気がする。
いや、吸血鬼とこれから対峙するんだ・・・無理もない。緊張しているだけだろう。絶対に二人で生き延びてみせる。そう思いながら俺たちは廃ビルの階段を登っていった。
そして、俺は予定通り時間稼ぎに成功した。血を吸われたがそれは計算のうちだ。
浩平は虚ろな目をして無抵抗のため吸血鬼の興味を引かなかったのだろう、特に何もされなかった。作戦はうまく行った。浩平は死なずに済んだのだ。
必死に足を動かして浩平と逃げ帰りながらそんなことを冷静に考えていた。




