14話 忠告
「竜と会って話すことは出来ますか?」
「出来るが断る」
「どうしてですか?」
「可哀想だからだよ。せっかく寝ているんだ。君の好奇心を満たすだけのために起こすことは出来ない。何もかも嫌になり死にたくて死にたくて仕方ないがそれすらも出来ずに絶望してただ眠り続けている。竜としての誇りも何もかも捨てて私に頼み込んだ。人間の私にどうか頼むと伏して頼んだ。本来ならあれは自信に満ち溢れて傲慢な竜だったよ。人どころかどんな吸血鬼ですら歯牙にもかけない自分が最強だと自負に満ち溢れた竜だった。だが、折れた。今ではもう全てに怯えている。図体はでかいがもう子犬のように怯えている。誇りを失った竜など図体のでかいだけの哀れなトカゲだ。自分でそう言っていたよ。そんな存在の眠りの邪魔をできるか?私はできない。なにか私の納得できる理由があれば別だがね」
「・・・見ることも?」
「彼の眠りを覚まそうとするな。哀れだ。私も色々と捨て去った。誇りも良心も糞だ。もう何もない。何もないよ。だが・・・だがだ、それでもだ。同胞がようやく静かに穏やかに眠りについている。ずっとずっとつらい目にあってきた同胞がようやく眠りについている。死んでいるに等しい気絶するような眠りだ。起きればまた苦しむだろう。だが気絶している今なら苦痛はない。それはそれで一つの幸福だろう。墓穴で寝てるに等しい哀れな眠りではあるが幸福だ。言うなら私は・・・彼の眠りを守っている墓守だな。さて、墓荒らしは重罪だ。ただでは済まさない。もう一度言うぞ。墓荒らしをするような馬鹿な真似をしたら私は決して赦さない。馬鹿でもわかるように優しく言ってやった。わかったかね?」
「・・・よくわかりました」
「いい子だ。馬鹿でも素直なのは好感が持てる。君はもう吸血鬼だったな。つまり寿命はない。君とは仲良く出来そうな気がしてきたよ。ああ、仲良くしようじゃないか。私も寿命はないからね。お互いに末永く仲良くしようじゃないか」
「・・・この組織にとって吸血鬼は敵じゃないんですか?吸血鬼を殺すのが組織の目的じゃないんですか?」
「誰か君にそういったのかね?当然違う。今のこの組織に統一された明確な目的なんてものはない。組織が作られた初期にはあったがね。もう諦めたよ。今は各人が好き勝手にやっている。所属する人間で吸血鬼が嫌いなやつが多い。だから吸血鬼殺しの任務も増える。ただそれだけの話だ」
「・・・なるほど、俺が吸血鬼というだけで組織から狙われたりする可能性は?」
「当然ある。何せ吸血鬼は嫌われ者だ。世界各地で不幸を量産しているからな。当然だろう?」
「俺は組織の一員なのですが・・・組織に所属しているメンバー同士で殺し合うことは禁止されていないんですか?」
「禁止されていない」
「・・・どうして禁止していないんですか?」
「意味がないからだよ。君は目の前に不倶戴天の敵がいて殺意を我慢できるのかね?自分の大切な存在を冒涜した存在が目の前にいて高笑いをしている。許せるのかね?それが出来るとしたら立派なことだ。だが大抵の人間は出来ない。出来るはずがない。一度は我慢できたとしてもそれはくすぶり続ける。消しそこねた小火のようにそれは心の中でくすぶり続ける。そして、殺意が燃え盛る時は惨事だ。我慢した分だけそれは周囲に酷く燃え盛ることになる。わかるかね?殺意を我慢することなど出来ない。それは一時しのぎだ。本気の殺意というものはね・・・抱いた時点でもう終わりだ。ならばそれを禁止することに合理性はない。どうせいつか燃える炎ならばとっとと燃やした方がいい」
「・・・燃えるとは限らないでしょう?」
「燃えるとも。燃える。盛大に燃える。何度も見てきた。何度も見てきたよ。そう何度もだ。法も規則も倫理も本気の殺意の前では無力だよ。総じて意味がない。まあ、そのうちわかる。ああ・・・仲良くしようじゃないか。他に聞きたいことはあるかね?どんどん何でも答えたい気分だよ」
「・・・島に相談所があると聞きました」
「あるとも。興味があるのかい?」
「少しだけ」
「そうだね。中には占い師のような存在がいる。大抵のことはほぼ100%の確率で占える。実に有意義な占いだよ。興味があるのならそのうち行くのもいいかもしれないな」
「・・・詩音からは決して行くなと貴女が言っていたと聞きましたが?」
「なるほどなるほど、よく覚えていないがね。その時はそういう気分だったからそう答えたんだろうさ。覚えていない」
「代価を払えば占ってくれると聞きました。代価はどんなものですか?」
「そうだな。安くはないがその気になれば大抵の人間には払える程度の代価だよ。それに代価を払えない人間にも優しい。その場合は無料で占ってくれるとても良心的な相手だ。いつでも相談したいことが出来たらいくといい」
「・・・おすすめなんですか?」
「当然おすすめだよ」
「色々と教えてくれて有難うございます。今度、詩音とも相談して悩み事が出来たら相談しようと思います」
「・・・疑問なのだがどんな関係だね?」
「大切な仲間です」
「・・・仲間?吸血鬼の君とあの子が?」
「はい、少なくとも俺はそう思っています」
そう答えた瞬間ロマは考え込んでいた。深く深く考え込んでいた。20分ほど経過しただろうか、ようやく口を開いた。
「忠告だが・・・君、あの子に騙されてるよ?」
「・・・俺は詩音を信じてます」
「なるほど、度し難いようだね。もう一度忠告だ。君とは仲良くしたいから覚えておきなさい。殺意は一度抱いた時点で終わりだ。それが発散されるまで燻り続ける。そしてあの子の吸血鬼に対する殺意は本物だ。予知能力は無いがね。予言しようじゃないか。あの子は吸血鬼との戦いの中で死ぬ。吸血鬼を殺し続け殺し続け殺し続け殺意の中で1人死ぬ。あれはそういう子だ。あの子に仲間?そんなものが出来るはずがない。まして吸血鬼の仲間などありえない。あるとしたら君の苦しみを長引かせるための作戦か、いっときの気まぐれだろうさ。覚えておきなさい。あれは吸血鬼を殺すだけの存在だ。早めに距離をおくべきだ。わざわざ酷い目に遭いたくないだろう?」
「・・・色々教えてくれてありがとうございました。失礼します」
爆発しそうな感情を抑えるのが限界に近かった。敵対する気はない。この女と敵対するメリットはないし、仲良くするメリットもない。ロマから聞かされた呪いのような言葉に最悪の気分を感じながら踵を返した。
「また来るといい。楽しみに待っている」
ロマは最後まで嬉しそうに嘲笑っていた。




