12話 上司
ふう、長かった。
名残惜しそうにしながらも一緒に過ごせたのが楽しいのだろう。詩音はそれなりに機嫌良さそうに帰っていった。一緒にいる間、まるでおでんの卵をつつくかのように俺の脇腹をツンツンと楽しそうにつついていたが、多分悪い傾向ではない。
自分の中学生時代を思い返してみれば悪ふざけもするろくでもないクソガキだった。それに比べればあの程度の行動は可愛いものだろう。もっとも威力は可愛くなかったのだが・・・地味に痛かった。
さて、夜中にはおそらく二人組の強盗がおそらく来るがどうしたものか。とりあえずぶちのめす程度はともかく、殺すのは無しだな。そもそも日常生活を行う上で殺しが選択肢に入っている時点で不味い。もちろん拷問も無しだ。普通の人間は拷問とかしない。
俺は基本的には平凡な生活を過ごしたいんだ。たまに肝試し程度のちょっとした冒険はしたいとは思うが、本格的な冒険がしたい訳ではない。あくまで安全が確保された上でのちょっとしたドキドキだ。言うならばお互いに遊びの不倫はしたいが、本気の不倫はしない。そんなカンジダ。違った。感じだ。
ま、夜まで時間はある。それまでの間、考えを纏めつつ準備して待つとしよう。
・・・・・・・・・・
考えた末、俺は本部のある島に来ていた。個人的にはもう二度と来たくなかった島だ。なにせこの島には狂った女がいる。会わずに済むのならば会いたくはない。だがもう似たようなことには慣れた。きっとあの狂った女にもそのうち慣れる時が来るだろう。慣れたくはないが、多分そうなる。俺はあの女の部屋を目指し島を歩いていた。
前回も通った城門についた。白いワンピースのような服装をした女性が左右に一人づつ立っていた。
女性を見た瞬間俺はだらだらと汗をかいていた。
化け物の気配がする。自分では到底勝てない化け物の気配がする。前回は気づかなかったが門番は二人とも化け物みたいな強さの気配を放っていた。呑気に3Pしたいとか考えていた俺は底抜けのアホだった。相変わらず白い薄い生地のワンピースを着ていて露出は多い、見た目も美人だ。本来なら魅力的な光景だ。だが、手を出したり不審な行動をとれば一瞬で制圧されるだろう。あるいは槍で串刺しにされるかもしれない。慎重になろう。強くなったとはいえ、俺はまだまだ弱い。門番の強さを感じ取れる程度には強くなれたが上には上がいる。慎重になろう。
門番にできるだけ丁寧にお辞儀をし、俺は先に進んだ。
城が見えてきた。城の入り口には先程と同じように門番が左右に一人づつ立っている。服装は同じだ。だが、発する気配は先程よりも強い。俺はできるだけ丁寧に頭を下げ入場許可を得た。
・・・・・・・・・・
帰りたい。あの女のいる謁見の間の扉の前で俺は全身びっしょりになるほど汗をかきながらそう思っていた。歯はガチガチと震えて鳴っている。震えが止まらない。先程と同じく門番の女が二人いる。こちらに興味が無いのか視線は前を向いている。
怖い。陳腐な表現だが死ぬほど怖い。目を向けられたらそれだけでショックで心臓が止まりそうだ。怖い。ただひたすらに怖い。俺はできる限り目の前にいる化け物達の不興を買わないように丁寧に入室許可を得た。
「働きたくない」
「・・・わかります」
最初に会ったときと同じように女はぼやいていた。相変わらずやる気は一切感じられず布団に寝そべったままだ。部屋の前にいる化け物と比べたら今のところまだこの女のほうがマシだった。
「・・・アポも無しに来てしまってすいません。色々とお聞きしたいことがありまして」
そう・・・この女に聞きたいことは色々とあった。色々とあり過ぎた。
「だろうね。君のことはまだ覚えている。随分とまあ短期間で来たものだ。ああ、なんとなくわかるよ。ついてないんだね、君。順風満帆ならわざわざこんな所になんて来ない。ああ、可哀想に。ひどい目にあったんだね。詳しい内容はわからないがわかるよ。まあ、そうだな。せっかく来たんだ。アドバイスを送ろう。諦めろ。それが一番賢い選択だ」
「・・・色々と教えてほしいんです」
「好奇心猫を殺すという言葉がある。問われれば答えるがおすすめはしない。ああ、それに本当のことを答えるかどうかもわからない。残念だったね。そんなに聞きたいことがあるのならば初めて会った時に聞いておくべきだった。まあ、気分が乗れば答えよう。私が嘘をつくのもつかないのも自由だ。君が信じる信じないのも自由だ。好きにしたまえ」
「・・・吸血鬼に会いました」
「それで?」
「貴女と同じことを言っていました」
「それで?」
「初めて会った吸血鬼に一言一句貴女と同じことを質問されたんです。おかしいでしょう?」
「どんな質問だね?」
「君、何か変わった能力を持っているかい?です」
「なるほど、それが?」
「貴女とあの吸血鬼との関係性を教えてほしい。どうしてあの吸血鬼と貴女が一言一句同じ質問をするんですか?」
「なるほど、偶然だよ。それほど変わった質問でもない」
「・・・俺にはそう思えません」
「信じる信じないは君の自由だよ。私がどう答えるかも同じだ。終わりかね?」
「ドミさんは貴女のことを心配していました」
「・・・・・・それで?」
「会うたびに貴女のことを話すんです。元気になって欲しい。昔の貴女に戻って欲しい。貴女の笑顔がまたみたいって・・・古い付き合いなんですよね?恋人だったりしたんですか?」
「・・・恋人・・・だと?私が?」
「ええ、惚気みたいなことも話してましたしドミさんは好きみたいでしたよ。今は恋愛感情は無いみたいでしたが愛情のようなものは感じました」
「・・・ぶち殺すぞ」
「・・・はい?なんて言いました?」
声が小さくて聞き取れなかったな。聴力は良い方なんだが。
「確認だ。喧嘩を売っているなら買ってやる。よくもまあ私の逆鱗に触れるようなことを言う。小僧、自殺しに来たのか?それとも喧嘩を売りに来たのか?あるいは可能性は低いが本心からそんなたわけた勘違いを口にしたのか?とっとと答えろ、ぶち殺すぞ?ああ、ムシャクシャするな。わざわざ嫌がらせに来たのか貴様?」
「・・・いや、滅相もない。あの、喧嘩を売るつもりは一切ないんです。その、聞きたい答えが帰って来なかったので共通の友人というか知人の話題を出して場を和ませてから聞けば教えてくれるかな・・・と」
「・・・ふううううううううううううううううううううう・・・それで?」
息を吐くことで何とか怒りを爆発させずに抑えよう。何とか我慢しよう。そんな限界ぎりぎりの吐息だった。爆発直前・・・だろうか。
「その、どうして吸血鬼と同じ質問をしたんですか?本当に知りたいんです」
「小僧。その前に答えろ。やつとは何回会った?」
「たしか・・・5回くらいです。いや6回かな?」
「この短期間に6回?」
「はい、正確な回数かは自信がありませんがそれくらいは会ってます。わりとちょいちょい会いに来てくれるんですよ」
「・・・ほう」
「あの・・・それで質問を」
「質問に答えて欲しければ暫く黙っていろ」
女は深く考え込んでいた。




