11話 儀式
黄泉がえるのは相変わらず最悪の気分だった。
例えるならば全身をミキサーに放り込みバラバラにするだけでは足りず、液体になるまで粉砕撹拌をし続け、その後に俺という存在の型にその液体を注ぎ込む。注ぎ込んだ後にゆっくりと固める丁寧さなど存在しない。ある程度形になったかな?といった時点で型からポイッと中身を投げ捨てられる。黄泉がえりとはそんな怖気の走る感覚を伴うものだった。慣れはした。慣れはしたのだが、それでもなお最悪だった。
それにしても・・・だ。ああ、気づきたくなかった。本当に気づきたくなかったなあ。でもこれはスルーできない。スルーしてはいけない。スルーすれば楽かもしれないが後の禍根となるだろう。
ああ、嫌だが認めよう。俺は既に狂っていたんだなあ。
・・・・・・・・・・
狂っている。狂っている。狂っている。何かが致命的にズレている。数ヶ月前の俺と比べて今の俺は何かが致命的にズレている。人間は変化する生き物だ。変化はするだろう。だがこれはそういうものではない。何かがズレている。少なくとも俺は・・・駄目と思った瞬間にノータイムで自分の心臓を自分で貫くようなイカれた存在ではなかったはずだ。
俺は死を恐れていた。死自体も恐れていたし、それがもたらす自分の変異に対しても恐怖を抱いていた。それが今やどうだ?まるでゲームをプレイしていて気に入らない結果が出たからロードしてやり直そう。それくらいの気楽さで俺は死を選んでいた。
ああ・・・思えば何回死んだだろうか。数えていない。数えるのがバカバカしくなる程度には死んだ。死んだ。死んだ。死ななければ絶望を狂気を感じなければあの戦いを乗り越えることは出来なかった。仕方ない。仕方ない。だが、その代償は大きい。今の俺はまともな人としての生き方を踏み外している。
俺は化け物になりたい訳ではない。大切な存在を守るために力は欲しいが、そのために真っ当な人としての規範を捨ててはいけない。普通の人間は死んだら終わりだ。故に死は重い。すべての終焉であり死は忌避すべきものだ。ズレている。生き物として人としてズレてしまっている。
それに・・・人を殺すことになんの抵抗も感じないのはおかしい。少なくともこうではなかった。自分を攻撃してきた相手とはいえ、少なくとも殺すことをなんの呵責もなく行えるような存在ではなかったはずだ。ズレている。ズレている。ズレている。不味い。非常に不味い。
「・・・ズレている」
気づけば俺はそう口に出していた。その瞬間、目の前でゴソゴソと物音がした。視線をそちらに向けるとそこには少し照れた表情で身嗜みを整えている詩音がいた。ああ、戻ってきたのはこの時点か。
「確認しましたがブラ紐はズレていませんでした」
「・・・うん」
一緒にいる時にブラジャーをつけるようになってくれたのは嬉しいが、特にその報告はいらなかった。
・・・・・・・・・・
「・・・話を戻しますね」
「ああ」
「結論から言いますとわかりません」
「そうか」
「今までずっと吸血鬼を狩って来ました」
「ああ」
「皆が皆おそらく同種の儀式をしていました。生贄を捧げる儀式です。六角形の形をした建物でしたり、広場でしたりちょっとした違いはあります。でも六ケ所に生贄が捧げられているのは同じでした。単純に殺されただけのものもありましたが、大抵は拷問された跡がありました。拷問の種類は多種多様。そこに共通点はありません。ただ如何に相手を苦しめるか?そういった工夫のようなものの跡は見えました。酷い話です。邪悪ですね。許してはいけない存在していることすら許せない邪悪です。私は吸血鬼が・・・大嫌いです」
「・・・ああ」
「吸血鬼を許してはいけません。滅ぼすのです。どんな方法を使ってでも滅ぼすのです。吐き気を催すような邪悪な方法を使ってでもそれが合理的であるならば使うべきです。吸血鬼を滅ぼすためならば何でもします。文字通り何でもします・・・コホン、話が逸れました。儀式についてです。何を目的としているかはわからないのです。なぜなら儀式の結果が無いのです。儀式を行うことによって得られる何かがわからない。生贄を捧げる邪悪な儀式です。吸血鬼自体をパワーアップさせるため?何か邪悪な存在を呼び出すため?何か特別な道具を作るため?わかりません。わからないのです。儀式が行われた後に吸血鬼を殺したことがあります。でも特に強さはそれ以前と変わっていませんでした。特別な道具も持っていない。何か邪悪な存在でも出てくるのではないかと警戒していても出てこない。儀式の間を丹念に調べても出てきたのは正気を失った人だけでした」
「生き残りがいたのか?」
「はい、正気は失っていて・・・話は通じませんでした。擬態した化け物の可能性も考えましたが本当にただの人間でした。正気を失い言葉も通じない・・・本当にただの人間でした」
「生き残りはどうしたんだ?」
「ドミさんを呼んでおまかせしました」
「なるほど」
「はい、私は誰かを助けるのには向いてませんから」
自重するように少し俯きながら詩音はそう語っていた。
「・・・そうか?」
「はい」
ついこの前詩音には助けて貰ったばかりの俺としては同意しづらい意見だった。
「・・・この前助けてくれただろう。改めてだけど、ありがとうな」
「・・・どういたしまして」
なんだろう。甘えるときは容赦なくガンガンと甘えてくるのだが、真面目にお礼を言われると照れるらしい。お礼を言うと恥ずかしそうにしていた。
「ところで」
「はい」
「そろそろ帰らないのか?」
「もう帰ってますよ」
「・・・うん」
「はい」
ループしても中々帰りたがらないのは同じらしい。仕方ない。大事な用事があるとしっかり伝えれば渋々ながらも帰ってくれるのはわかっている。まあ、あと数時間程度の辛抱だ。
辛抱といっても、そもそも嫌いな相手ではないのだから、それは決して悪い時間ではなかった。そう、ちょっと遠慮がないから疲れることもなくはないが、決して悪い時間ではなかったのだ。
「夕飯は何にしましょうか?」
「家で一人で食べるこってりラーメン」
とりあえず遠回しに帰れと伝えておこう。




