10話 詰問
「これはこれは・・・いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
「こちらこそ」
俺は最近通っていたクラブパンデモニウムの暖簾をくぐっていた。実際は暖簾などない。気分的なものだ。出迎えてくれた蝶ネクタイをつけた黒服は上機嫌だった。無理もない。毎回それなりの大金を落とす金づるが来たのだ。機嫌もよくなるだろう。
まあ、今日を境に出入り禁止になるかもしれないし、ひょっとするとこの店自体が消滅するかもしれないが。黒服の反応を見るに店ぐるみの犯行では無さそうだがどうかな。
「どうぞ」
「ありがとう」
時間は夜の9時、店内はそれなりに混んでいるのだろう、準備をするのに待合室で俺は出された烏龍茶を飲んでいた。周囲には人はいない。個室だ。最初は他の客と同席する煩雑とした待合室に通されていたが、いつしか個室に通されるようになった。金づると判断したのだろう。通って金を落とすうちにどんどんと待遇は良くなっていった。
「VIP席空いてるかな?」
「はい、空けております。ご指名はございますか?」
「以前、家まで送ってくれた子達いるでしょ?あの子達二人を頼むよ。この前のお礼にプレゼント(指)用意してるし俺だってことは秘密にしてサプライズでお願いできるかな?」
「承知いたしました。それではそのように致しますね。いつもありがとうございます。もう少々だけこちらでお待ち下さい」
黒服は慇懃に深々と頭を下げた後、店の奥にいる女性に声をかけ、お一人にさせるのも申し訳ないのでどうぞお好きにお過ごし下さいと意味ありげに女性を一人残して去っていった。
・・・・・・・・・・
「いらっしゃいませ」
「・・・久しぶり、スズカさん。見なかったけど元気してました?」
「・・・学校が忙しくて中々」
「そっか」
久々に見るスズカさんは相変わらず素朴な美人で癒やされる雰囲気をしていた。いつものように飲みに来ただけなら指名して楽しませてもらうところなのだが、今回の用件は別だった。
まだ店に慣れていないのだろう。相変わらず緊張したぎこちない接客だった。ヤル気満々で来たのだが少しばかり毒気が抜かれそうになった。あぶないあぶない。
気もそぞろに特に中身のない世間話でもしながら時間を潰していたら、準備が出来たと黒服が呼びに来た。名残惜しそうにするスズカさんを置いて俺はVIP席へと移動した。さてさて店内でどう脅したものかな。
・・・・・・・・・・
「「お邪魔いたします」」
「どうぞ」
ああ、そういえばこういう顔をしていたな。俺の顔を見た瞬間、笑顔から引きつった顔になった女たちの顔を見ながら俺はどうしようか考えていた。この反応を見るに黒だろう。何せ俺は売上に貢献している上客だ。俺の顔を見て嫌がる理由が本来ならない。黒だな。とりあえず逃げられないようにするか。
店内では暴力沙汰はNGだ。家に来たあの男たちにやったような拷問をしている所を見られれば問題になるだろう。まあ、見られれば・・・の話だ。俺は二人に座るように促した後、部屋にある一番大きなソファの肘掛けの部分を片手で握り持ち上げ、扉の前にゆっくりと置いた。よし、これでもう逃げられないな。
とりあえず今日は脅しに来たんだ。それっぽくやろう。俺は元々座っていたソファに深々と座りテーブルに土足のまま脚を載せた。お行儀は非常に悪い。いつもならしない行動だ。俺は下ネタは好きだが上品な行動を心がけているからな。
「一週間ぶりくらいかな?」
「「・・・ええ」」
こいつらが家に遊びに来てから一週間ほど経つだろうか。相変わらず二人とも化粧が濃く派手だ。居心地悪そうに視線を彷徨わせている気の弱そうな少し背の高い女はロングの髪の一部をピンクに染めていた。似合ってはいる。確か名前はカズミだったろうか。さすがにもう間違えはしない。
たった一週間で強盗が来たんだ。最初からこいつらは強盗に入ること目当てで家に着いてきたと思っても良いだろう。なにせ行動が早すぎる。俺をターゲットに決めて、行動を観察して計画を立てて実行する。行きずりでもない限りそういうステップを踏んでいるはずだ。
家に来てからすぐにこいつらから俺が金を持っていると情報が漏れたと考えていいだろう。悪質な奴らだ。許せんな。殺すか。こいつらは実行犯ではないが共犯だ。主犯では無いだろうが協力者であることは間違いない。
思うに行った行動には結果が伴うべきだ。それが善であれ悪であれ、善には善の、悪には悪の。それ相応の結果を受け入れるべきだ。こいつらは極悪とまでは言わんがそれなりの悪を行った。なら報いは受け入れるべきだ。
「表情硬いが・・・調子でも悪いのか?」
俺は内心黒い考えに染まりながらそう語りかけていた。女たちの表情は硬く、肩は少しだが震えていた。
「まあ、とりあえずお酒貰える?スピリタスちょうだい」
「・・・はい」
カズミはグラスにいくつか氷を入れ、震える手でスピリタスを注いでいた。そして、丁寧な手付きで俺のそばにあるコースターの上にグラスを置いた。
「・・・どうぞ」
「ありがとう。カズミさん。今日は何か緊張してるの?テンション低いね」
「・・・ルナです」
一文字もあっていなかった。
・・・・・・・・・・
「・・・あ、うん、ルナさんだよね。知ってる知ってる。もちろん覚えてたにょ」
なぜだろう。今から拷問にかけてぶち殺そうと考えていた相手だったが、名前を間違えていたことに不思議と気後れを感じて思わず噛んでいた。カズミとルナってどうやったら間違えられるんだろう。謎だ。ひょっとしてもう一人がカズミなのだろうか?
「・・・私の名前は覚えてますか?」
もう一人の女が震えた声でそう話しかけてきた。髪を金髪に染めた派手めのショートカットの女だ。背は低く童顔だ。谷間を強調したドレスを着ていておっぱいが目に優しい。Eカップくらいあるだろうか。エロい拷問したい。うん、こっちがカズミだな。
「・・・君がカズミちゃんだよね」
「・・・ユズです」
ビキィっと空気の死ぬ音が聞こえたような気がした。俺は無言でグラスに入ったスピリタスを飲み干した。ルナと名乗った女は無言でおかわりを注いでいた。一文字はあっていたしさっきよりはマシだろう・・・マシだよな?多分そうだ。
・・・・・・・・・・
「・・・・・・」
「名前を忘れるなんてウッカリさんですね、もー!飲み過ぎなんじゃないですかぁ」
ユズと名乗った女が甲高い声でそう話していた。フォローのつもりもあるのだろうが表情は硬く暗い。心なしか前回よりも座っている距離も遠い。二人ともだ。二人とも微妙に距離を置いている。それはわかる。だが、俺に対して恐怖というよりは嫌悪感のようなものを二人は表に出していた。何か違和感を感じながらも俺は問い詰めることにした。
「話は変わるんだけどさ」
「「・・・誤魔化そうとしてます?」」
二人の声がぴしりとあっていた。一発やったにも関わらず名前を忘れていたことにご立腹らしい。だが、名前を忘れたくらいで強盗に情報を流すのはどうなんだろう?いや、ないな。過剰報復だろう。
「この前家に二人組の強盗が来たんだよ」
「「そうなんですね」」
反応が薄い。これは酔っ払いの適当な嘘を流すような反応だ。相変わらず俺との距離はあるし嫌そうな顔をしている。強盗が来たというワードには反応しなかった。おかしいな。
「寝てる時に急に来たから少しだけどビックリしたよ。まあ、そういうのは慣れてるから返り討ちにしたけどさ。ナイフも持ち出して刺してきたから殺してもいいなって思ったから、そいつら一本ずつ指を切り落とす拷問にかけて誰に指示されてやったか聞き出したよ。後は用済みだから今は仲良く土の下に埋まってるんだ。実行犯はもうこれで処分したからさ、後は関係している奴らを一人ずつ探し出して追い詰めてるところなんだよ。意味・・・わかるよね?」
「「そうなんですね!」」
おかしい。反応が薄い。そもそも逃げられないようにソファを扉の前に置いた時にびっくりしているようには見えたが怯えているようなそぶりはなかった。そう、どちらかというと嫌悪感のようなものを感じた。俺はとりあえず最後までやろうと思い話を続けた。
「でさ、俺の家を知っている人間って限られているんだよ」
「「はい」」
「派手な遊びをしてるし金を持っているのはわかっているってわざわざ俺の家に深夜にピンポイントで来たんだけどさ・・・誰か情報漏らしてないとこんなことありえないと思うんだよね。意味・・・わかるよね?」
俺は極力低い声を心がけてそう言いながら二人を睨みつけた。お前たちが犯人だろう?そういう意味を込めながらゆっくりとにらみ続けた。そして、脅す際の小道具として持ってきたあいつらのスマホを目立つようにテーブルに置いた。スマホを見た瞬間に女達の表情は激変した。
「「・・・あの、この前も言いましたが、そういうのはちょっと。特に今は店内ですし」」
「・・・うん?」
あれ・・・・ええ?反応がおかしいな。ここは普通怯えるところじゃないのか。二人とも明らかにげんなりした顔をしている。
「・・・お前たちが情報を漏らした犯人なんだろう?素直に言えばそれほど酷い目には遭わなくて済ましてやる。誰に漏らした?漏らした相手を俺は始末しないといけないんだ。そうじゃないと今晩から安心して眠れないだろ?さあ、早く言えよ?それとも先に痛い目に遭わせないとわからないのか?」
「「・・・そういうプレイなんですか?この前のもだいぶあれでしたけど・・・あの、お店の人呼んでいいですか?ていうか流石に店内でそういうことをすると私達怒られちゃうし首になっちゃうんで・・・呼びますね」」
俺は無言で脚を乗せているテーブルにかかと落としをして真っ二つに割った。轟音が響き部屋の外にも漏れただろうが仕方ない。扉は開かないようにしているし白を切るこいつらを問い詰めるのを優先しよう。
「舐めてんのか?」
「「・・・あの」」
「このテーブルみたいになりたいか?なりたくないなら素直に話そうか?俺、やるときは容赦なく徹底的にやるからさ。黒服来ても関係ないし。徹底的に店ごと他の人間が来てもやるよ?」
「「・・・その、プレイじゃないんですか?」」
「プレイってなんの話だよ?」
「・・・この前のこと覚えてますか?」
怯えながらも表情に嫌悪感を滲ませながらルナと名乗った女は震えた声でそう言った。もちろん覚えてなどいない。
「・・・あれからスマホのフォルダは確認しましたか?」
「・・・なんの話だ?」
ルナは深々と・・・なんとか抑えようとしても抑えきれない嫌悪感を全身から放出するかのようにため息を吐いた。見ればユズと名乗った女も嫌そうな表情をしている。
「スマホのフォルダを確認してください。確認したら消して下さいね」
なにか話に齟齬があるようだ。疑問に思った俺は次に脅しに使おうと握り込んだプレゼント(指)を無造作に肘掛けに置き、スマホのフォルダを言われるがままに確認をした。
フォルダを確認するとそこには新しい動画ファイルが残っていた。再生すると、他に行く宛の無い家出少女と連れ戻しに来た母親が最初は嫌がりながらも快楽堕ちしてしまい男に言われるがままアヘ顔ダブルピースをしてエッチをせがむというシチュエーションでエッチをして欲しいと頼んでいる男の声が聞こえた。そして心底嫌そうな顔で丁寧に断り続ける半裸の二人が写っていた。
その時点で色々と察してしまい俺は画面から目を逸した。目を逸しても画面の中の男は話し続けていた。男は断る二人に頼み続けていた。
「じゃあ間を取ってこのグラスにおしっこをしてくれないか。頼むよキャシー。学術的に調べたいことがあるんだ。協力してくれないか?」
譲歩したかのように堂々と頼む男の声が聞こえていた。
ベロンベロンではあるが、声は明らかに俺の声だった。記憶を取り戻し、全てを理解した俺が頭を抱えていると悲鳴が聞こえた。
「「なにこれ!なにこれ!本物の指じゃん!なんで指!なんで指なんかあるの!!え?さっきの話ほんと!?いやあああああああああああああ!!!!」」
あ、これだめだ。そう判断した俺は即座に右手から槍を射出し心臓を穿き自害した。意識を失うまでの僅かな時間、大きくなった悲鳴が聞こえ続けていた。




