6話 約束
「やあやあ、気分はどうだい」
ドミさんは月を見上げながらそう言った。
「ぼちぼちですかね」
「ぼちぼちか・・・それは何よりだね」
「はい」
色々あった。本当に色々なことがあったんだ。その上で最悪ではなくてぼちぼちと言えるならまあ上出来だろう。
「どうしてここに?」
「ついつい君の事が気になってね」
「俺のことが?」
「ああ、出発前にも話したが吸血鬼は強い。とても強い。戦えば死ぬか、生きているにしても五体満足まともに帰ってこれるなど本来ならあり得ない。だが君は帰って来た。とはいえ、見た目がまともでも中身がまともとは限らない。だからここに来たんだよ。君・・・無理はしていないかい?」
「・・・そうですか。無理は・・・したんでしょうね。出発前の俺と今の俺は・・・本当に何もかも同じかどうかも正直わかりません。多分色々とずれてしまっているでしょう。でも、後悔はしていません。多分同じ選択肢を突き付けられれば俺はきっと同じ選択をするでしょう。仲間を見捨てて一人安穏と安全な場所で待つのは・・・ごめんです」
「それが君の不幸な未来につながるとしてもかい?」
「はい、それがわかっていても俺は同じ選択をするでしょう。カーネルは俺を助けてくれましたから。だから、これでようやくおあいこです」
「君は馬鹿な子だね」
「・・・自覚してます」
「・・・だが、吾輩は嫌いじゃないよ。そういうの」
「・・・はい」
「いいかい、あの時も言ったがね」
「はい」
「君たちはね幸せになるために生きているんだ。これはね言葉に出せば陳腐だけれども真実だ。だから君たちは幸せにならなければならない。わかるかい?」
「はい」
「だがね、死ねば人は終わりだ。死んでしまえばもうそれは終わりだ。今までのことは全て台無しになる。寿命は仕方ないにしても命は大切にするべきだ」
「ドミさん、俺は人なんでしょうか?俺はもう吸血鬼になってしまいました。人の血を吸う立派な吸血鬼です。ドミさん風に言うならば人の魂を吸う存在すること自体が罪な存在になってしまいました。俺は・・・まだ人なんでしょうか?」
「吾輩・・・正直なところそれはどうでもいいよ」
「・・・はい?」
「君が人間だろうと吸血鬼だろうと吾輩はもう関りを持ってしまった。関りを持ったころは間違いなく人間だったね、今は肉体は吸血鬼になった。だからどうした?そんなことで悩むような存在は吸血鬼とは言わんよ。吸血鬼はね血を、魂を吸う化け物だ。魂を吸うことに罪悪感なんて持ちやしない。そう、人が毎日の食事を採ることに罪悪感を持たないように吸血鬼が人の魂を喰らうことに罪悪感なんて持たない。吸血鬼とはそういうものだ。その点では君は間違いなく人間だね。まあ正直そんな分類に大した意味はないし興味もない。私が興味があることはだ。昔も今も一つだけだ。それは、君たちが幸せになれるかどうか・・・だよ」
「・・・」
「いいかい、君は馬鹿な子だ。これからも馬鹿な選択をするだろう。それは嫌いじゃないしその選択をすることを止めはしないよ。それは君の意思だ。誰かに強いられた選択というならば話は別だが、それが愚かな選択であれ賢明な選択であれ、君自身の意思で選んだ選択を吾輩は尊重しよう。だがね、愚かな選択には往々にしてろくでもない結果が待ち受けている。吾輩は君がその結果に打ちのめされやしないかと心配しているんだよ」
「・・・はあ」
「今はわからないだろう。だからね、吾輩は言うよ。吾輩はね、君たちの幸せを心から望んでいる。そう心から、一点の曇りもなく心から望んでいる。それを覚えておきなさい。いいかい?約束だよ」
「はい」
「人はね、一人では生きていけないんだ。生きていけてもどこかのタイミングで往々にして心が折れる。そういうものだ。だがね、苦楽を共にできる誰かがいれば、あるいは幸せを望んでくれるものがいると確信を持てれば耐えられる。そういうものなのだ。だからね、吾輩は言うよ。君たちの幸せを祈っていると心から何度でも言うよ。そう伝えるために吾輩はここに来たんだよ」
「・・・あの、少しテレるんですが」
「いいじゃないか、テレるぐらい。絶望に打ちひしがられるよりはテレてる方がよっぽどましだよ。いいかい、吾輩は君たちの幸せを心から祈っているからね。忘れないでくれたまえよ。本当に辛いことがあって打ちひしがれてしまった時に、この言葉を思い出すことで再び立ち上がり前を見ることを願っているよ。ああ、本当に心から願っているよ」
出発前もこうだったなあ。ああ、なんだろう・・・帰って来れたんだなあ。人ではなくなったとしても帰って来れたんだな。それにしても世話焼きな人だ。まあ、俺なんてドミさんから見たら孫かそれより下みたいなもんなんだろな、それにしてもこの人何歳なんだろう。
「ドミさん、有難うございます」
「うむ」
「そういえば、ドミさんっておいくつなんですか?ろ・・・ナイアさんとは古い付き合いなんですよね」
「年齢とかもう忘れたよ。数えていない。そうだね。ロマとは古い付き合いだ。もう何年になるか・・・いやはや、本当に長い付き合いになったものだよ」
「以前も言ってましたもんね。ロマさんが気力を取り戻してくれるのを待っているんだって」
「ああ、吾輩はねそれを待っているんだ。願いなんだよ。いつかね、ロマが元気を出して伴侶を得て幸せな結婚をして幸せな家庭を持ち子宝に恵まれて吾輩が名付け親になる。それが吾輩の願いだよ」
「そこはドミさんがロマさんの伴侶になりたいとかじゃないんですね」
「そこは違うね」
「またまた、本当はちょっと位そういう気持ちもあるんじゃないですか?」
「誤解があるといけないから吾輩ははっきり言っておくが、そういう願いは一切ない。そういう願いは全くもって一切ないよ」
なんだろう。以前聞いたときはあのおっぱいニートのことが女性として好きな面もあるのかなと思ったがそういうのは一切ないらしい。二度も続けて言うからにはテレてるとかじゃなくて本気だろう。まあ、無理もない。着の身着のままで来客に寝ながらやる気なさげに対応。ムダ毛の処理は一切しない。下着は付けない。服装のセンスは皆無。身嗜みは一切整えない。テンションは常に低い。人と視線を合わせて会話をしないどころか、そもそもアイマスクを付けているから目線どころの話じゃない。そんな状態が長年続いているならば百年の恋も冷めるだろう。いくら元の見た目が良くてもそれだけでは・・・
「あ・・・そうなんですね」
「うむ、そうだとも」
「でもあの人、基本引きこもりの上にあの状態じゃないですか?伴侶とかできる余地あるんですか?」
「・・・そこが悩みどころなんだよ。君、年上のおっぱい大きいお姉さんとか好きかい?今はちょっと鬱気味だけど本来はいい所も沢山ある素晴らしい女性なんだ」
「・・・あ、うん。今はちょっと間に合ってますかね」
「まあまあ、そう言わずに。英雄色を好むというし、間に合ってても手を出せるなら手を出せばいいんだよ。なんなら吾輩が人払いをするから一発やってしまえばいいんじゃないかな」
「あの・・・本当にロマさんの幸せを願ってます?」
「もちろんだとも」
段々話が怪しくなってきた。俺とロマさんにちょっかいかけるのが楽しいだけじゃないのかこの人。
「とりあえず、その話は無かったことに。正直今のところ間に合ってますし」
「ふむ・・・誰かいい人でもいるのかい?」
「ま、まあそれなりに」
「結婚式には呼んでくれたまえよ」
「気が早くないですか?」
「大切なことだからね。次にお互いまともな状態で会えるとは限らないんだ。なら気が早くても大切なことは言うとも。なにせ吾輩の願いは君たちの幸せな結婚生活を見届けることだからね。その上で名付け親にならせてもらえれば申し分ない。ああ、早く結婚しなさい。そうだね、ヘデラとかどうだい?」
「あれは・・・ちょっと、いやだいぶきついです」
「だが、嬉しそうに太もも触ってたじゃないかね」
「あれは俺の人生において渾身の間違いでした。今後はあれには一切触りません。ちょっと見た目だけよくても中身があんなのはちょっと。両肩に元夫と子供の生首を縫い付けてる暗黒に染まった精神性が受け付けないです」
「なるほど、要するに処女厨というやつかね?」
「違います」
「・・・人の好みは難しいね」




