5話 洗礼
かつてある男がいた。
男は己の快楽に素直だった。手元に金があるならば毎日風俗に通っていた。時には自宅に来てくれるお店、あるいは待ち合わせをするお店、時には本来なら違法なのになぜか子作り出来るお店、ありとあらゆる快楽に男は手を染めた。男は快楽を満喫し夢中になった。風俗に通う金を稼ぐためならば悪事も働いた。
そして・・・飽きた。通常の快楽では気持ちよくない。性的刺激に慣れすぎたのだ。もはやまともな方法では無理だった。薬を使った。後ろの穴も使った。股間に刺激物も塗ってみた。尻穴にも塗ってみた。アルコールも注入してみた。色々試した。いずれもいまいちだった。
あの素晴らしい快楽の日々を!男は諦めずに試し続けた。その姿はいつしか快楽ではなくて苦行を求める修行僧のようなものとなっていた。そしてある日唐突に救われた。
「じょ・・・女王様」
「なんだい!この豚は豚のくせにしゃべるのかい!豚はブヒーッとだけ泣きな!」
ピシッピシッ
男はマゾに目覚めていた。叩かれると気持ちいいのだ。すごく気持ちいいのだ。心底気持ちいいのだ。ムチを!ろうそくを!熱湯を!ありとあらゆる苦痛を!男はいつしかSMクラブの常連となり女王様のご褒美を楽しみに生きるようになった。幸せだった。それは酷く幸せな時間だった。男は失われた幸せを苦難の末に取り戻したのだ。そうして男は女王様といつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
物語のようにそれで終われたのならば・・・どれほど幸せだっただろう。
これは物語ではない。現実だった。そして現実は常に非常だ。
幸せな日々は続かなかった。男は再び不幸になった。男はどんどんハードなプレイを求めていった。どんどん、そうどんどん、常人ならば耐え難きプレイを求めていった。それはもはや拷問の域だった。そして、不幸なことにそれにもいつしか慣れた。長年のハードプレイを受け続けた男の肉体はもはや鋼と化していた。
男は・・・幸せな快楽の日々を再び失った。そう・・・鋼の肉体を得た代償に男が本当に求めていた大切なものを永遠に失ったのだ。
男はいつしか狂いだした。暴走が始まった。快楽を得たい。快楽を得たい。快楽を得たい。だが、得られない。欲しいのに得られない。得られない。何をしても得られない。
全て壊そう。男はいつしかそういう狂った結論に達していた。破壊こそ美だ。壊れるものは美しい。そう、壊れる瞬間こそ最上の美だ。そして、男は男の尻穴を快楽漬けにして壊し続けた。快楽を与えることで男の尻穴と尊厳を壊し続けた。憎かった。自分が得られない快楽を簡単に得られる男たちが憎かった。
そしていつしか・・・男は覇王と呼ばれるようになっていた。
・・・・・・・・・・
「クックック、オレ様が新入りにここの流儀を教えてやるよ・・・」
俺の股間を掴んだまま男はそう言った。なんだろう・・・サウナの入り方にそこまで厳格なマナーとかあるのだろうか?ざわついていたし・・・何か俺マナー違反とかやっちゃった?とりあえず教えてくれるらしいし様子を見るとしよう。それにしてもこの展開どこかで見たことがあるような・・・
あれだ!これは・・・ラノベでよく見た展開だな。主人公が初めて冒険者ギルドに登録するときによく見たシーンだわ。大きく分けて2パターンあるんだよな。これ。
一つは親切心から新入りがミスをしないように熟練者である先輩が優しさからわざと厳しくあたるパターン。もう一つは冒険者としては大成することをいつしか諦め、他人の足を引っ張ることを生き甲斐にするようなゴロツキが単に絡んで来るパターンだ。はてさて今はどちらだろうか?
「クックック、優しく教えてやるよ・・・」
どうやら優しく教えてくれるらしい。これは前者の親切心の可能性が高いな。
「初めてか?緊張する必要は無い。オレ様が一から手ほどきをしてやる。なあに心配はいらない。すべてが終わる頃にはお前はオレ様に感謝しているさ」
これは前者だな。間違いない。
「着いてこい」
男は何故か俺の股間を掴んだままそう言った。俺はとりあえず男の促すままに大浴場の洗い場へと移動した。
「クックック、素直だな。いい子だ。おい!シェーバーをもってこい!早くしろ!こいつを待たせる気か!」
ヒゲかムダ毛でも剃るのだろうか?サウナに入る前にムダ毛の処理が必要だとは知らなかった。なるほど、世の中には知らないことがあるものだな。それにしても、いつまで股間を握っているのだろうか。
「クヒヒヒヒヒ、たまんねえな。楽しみだろう?安心しろ、オレ様がオスの快楽を全て教えてやる!」
「オスの快楽?」
「そうだ!ケツを突き出せ!お前の望み通り尻の穴の毛を全て剃ってやる!その後は言わなくてもわかるだろう!ぶち込んでやる!オレ様の股間の自慢のこのビッグ・ボスをぶち込んでヒーヒー言わせてやるよ!」
「あ・・・はい」
うん、これ・・・前者でも後者でもないわ。
この段階でようやく誤解に気づいた俺は死なない程度に手加減してぶちのめしていた。殴られることを想定していなかったのか、殴られた直後に男はなぜか驚いていた。
激昂のあまりか男は赤く頬を染めていた。もっと殴れと挑発をしてきたので容赦なく俺は殴り続けた。意識を失うまで殴り続けた。
「あれ・・・多分そういう趣味の人だったよな」
サウナを立ち去り帰路についていた。あれほど勧められて期待して向かったサウナだが特に成果は得られず俺はしょんぼりしていた。特殊な趣味の人に襲われてショックを受けるような繊細さはもうとっくの昔に喪失していた。俺はとぼとぼと足を進めていた。
「やあ、月が綺麗な夜だね」
そして・・・道の真ん中で悠然と立ちながら月を見ているドミさんに遭遇した。




