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勇者編⑫ 晩餐と後始末 


 ジュルジュルジュル。


 おいしいおいしい。私は夢中で飲み物を飲んでいた。飲もうと思って飲んでいるのではない。美味しくて美味しくて身体が勝手に動くのだ。食は体作りの基本だ。もっと飲もう。おいしいおいしいおいしいおいしい。こんなに食欲があるなんで生まれて初めてだ。ああ・・・本当に美味しい。残さず飲もう。


 飲み物はまだいっぱいある。おいしいおいしい。私は一人飲み続けていた。





・・・・・・・・・・






 私の身体は全身ボロボロになっていた。かろうじて立ててはいるが・・・直に力尽きるだろう。憎悪に任せ行動した結果がこれだ。ああ、シオンは助かったのだろうか。助かっていて欲しい。



 私の大切な・・・家族なのだ。決して死んで欲しくない大切な家族なのだ。



 

 私の前には槍で心臓を貫かれ息も絶え絶えの軍団長が倒れていた。


 ブツブツと何かを呟いている。何を言っているかはよく聞こえない。直に力尽きるだろう。


 まあ、それは私も同じなのだが・・・はあ、ミスったな。勇者となり回復力は上がったがこれは致命傷だ。血が止まらない。兵士が私を治療しているが血が止まらない。少し寒くなってきた。殺し合っているときは全身熱くなっていたのだが今は寒い。


 軍団長と相打ちか・・・召喚された勇者の最期としては悪くないのかもしれない。歴代最強の勇者と同じ功績を残せたのだ。悪くないのかもしれない。というかもうこれ以上を求められても力が沸かない。


 半分微睡みながらそんなことを考えていた時だ。


 「復讐だ。キサマらは皆殺しだ」


 「ワタシは死ぬ。だが、他にも軍団長はいる。魔王様もいる。ワタシを殺したキサマはもう死ぬようだがそれだけでは済まさない。決してそれだけでは済まさない。皆殺しだ。キサマと一緒にいたあの死にぞこないの女。あいつも必ず殺せとそう伝えた。キサマの大切にしているものは何もかも全て台無しにしてやる。苦しめて殺してやる。ただでは置かない。赦さない。赦さない。赦さない。この地にいる人間は全て例外なく皆殺しにしてやる・・・赦さない。赦さない。赦さない・・・キサマも死にそうだな?頭はボケてないか?ちゃんと想像しろ、お前の家族も友も大切にしている者はこれから地獄の苦しみを味わうことになる。これはもう確定している。ワタシをこんな目に遭わせたんだからな。ああ、もう確実に地獄の苦しみを味わって死ぬ。既に他の軍団長には伝えたとも。ワタシと相打ちで悪くないって顔をしていたな。バカが・・・ワタシと相打ちならキサマらは皆殺しだ。邪魔をしていたキサマはもういなくなる。おしまいだ。残り少ない時間せいぜい絶望して死ね。達成感など与えない。後悔して死ね。キサマは何一つ守れなかったぞ?ああ、もうおしまいだな。残り少ない時間をせいぜい絶望して死ね。お前もあの女もこの地の人間も遅いか早いかだけで全員苦しんで死ぬ。フフ・・・フフフフフフフフ」



 聞いた瞬間失いそうになっていた意識が覚醒した。不味い。不味い。不味い。相打ちでは不味い。悪くないどころではない。この国は最大戦力である私が死ぬことで滅ぶ。最愛の姉であるシオンが死ぬ。国王様も死ぬ。兵士達も国民も死ぬ。ただ死ぬだけではなくてこいつら極悪非道の魔王軍に陵辱され尽くして殺される。どう考えてもろくな目に合わない。



 ああ、どうするどうするどうする?私はもう死にそうだ。幸いボケていた頭ははっきりしているが、はっきりした頭がこう言っている。



 「もうどうしようもない」



 私の全身はもうズタボロだ。目の前の軍団長と同じく致命傷だ。助からない。何をしても助からない。助かるとしたら物語に出てくる完全回復魔法のようなものか、エリクサーのようなものでもなければもうどうしようもない。そしてそんな都合のいいものなど存在しない。強化された回復力も頑張ってはいる。だが、それでもなお血が止まらない。大切な臓器に穴が開きすぎている。一箇所や二箇所ではない。10箇所以上だ。無事なのは心臓くらいだ。それ以外はもうズタボロだ。生きているのが不思議なくらいだ。常人なら既に死んでいるだろう。私は常人では無いが人間だ。人間にはもうどうしょうもない。無理だ。人間にはどうしようもない。






 ・・・ああ、そうか。その方法があったな。やはり夢を見る能力は役に立つ。ピンチに陥った私をいつも手助けしてくれる。


 私は目の前にいる死にかけの吸血鬼の元にフラフラと歩いて行った。なにせ全身ズタボロだ。今にも倒れそうな歩き方ではあるがゆっくりと確実に一歩ずつ近づいて行った。そして目の前の死にかけの吸血鬼の首筋に噛み付いた。


 首筋に顔を近づけた瞬間に死にかけの吸血鬼が笑ったような気がしたが・・・まあそんなことはどうでもいい。



 私は死にかけの吸血鬼の首筋からじゅるじゅると血を啜っていた。血の味は美味しくはない。むしろ味を感じる余裕が無いと言うべきだろうか?何か飲んでいるな程度の感覚しかない。美味くは無いが夢のお兄さんは吸血鬼の血を吸うことで吸血鬼化していた。その直後に殺されていたけどな。所詮は夢だ。確証が有るわけではない。なんせ夢だし辻褄の合わないことも多々あった。だが、役に立つことも多々あった。


 なら、賭けるさ。なんせ賭けなければ死ぬんだ。失敗しても死ぬだけだ。それなら試さないとな。私は血を吸い続けた。


 するといつからか私は血を吸うことに夢中になっていた。あれ?ひょっとしてこれ美味しいんじゃないか?美味しい気がするな。美味しいわよね?絶対美味しい!こりゃたまらん。じゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅる・・・ああ、もう無いのか。飲み足りないな。悲しい。悲しい。悲しい。こんなに美味しいものをもう飲めないのか。私は悲しくなっていた。こんなに美味しいものをもう飲めないだなんてそんな酷い話はないんじゃないか?


 あれ、ふと気づいたが周囲からこの飲み物と同じような匂いがいっぱいするな。


 私は周囲のこの美味しい飲み物の入った容れ物に順番に噛み付いていった。じゅるじゅるじゅるじゅる。美味い。ああ、美味しい。何だもうないのか?次だ次。よく見たらまだいっぱい落ちているし動いている。次行こう次。






 じゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅる・・・ふう、どれだけ飲んだんだろう。気づけば熱中していたな。まあ、これだけ美味しい飲み物なんだし夢中になるのも仕方ない。私はそう思いながら手に持っていた飲み物が入っていた容れ物を投げ捨てた。




 ・・・待て。私は今何を投げた?




 ふと我に帰った私が周囲を見渡すと、周囲には何者かに血を全て啜られてカラカラになった兵士達の遺体が何体も何体も何体もあった。乾燥してカラカラになった兵士達の顔は死に際に恐ろしい目にあったのだろうか・・・酷く歪んでいた。


 必死に声を上げていたのだろうか?恐怖と絶望を感じながら死んだのだろう・・・歪んだ表情をした顔をした兵士の遺体が何体も何体も何体もあった。


 

 ゴブリンやオークやオーガの死体も落ちていた。同じくカラカラになるまで血を吸われていた。敵も味方も見境なく全て血を吸われていた。吸われきっていた。



 私は静かに立ち竦んでいた。私は何が起きたかを完全に理解していた。理解してしまっていた。先程まで死にそうになっていた私の身体には力が漲っていた。使い道の無い子宮に開いた穴は閉じていた。ボロボロになっていた傷だらけの私の身体には既に傷ひとつ存在していなかった。力が漲っていた。



 ああ、これからどうしたら良いのだろうか。吸血鬼になるのは予定通りだ。死ぬわけにはいかなかったからこれは問題ない。問題ない。問題ない。



 だが・・・味方を殺して血を吸う予定は・・・そんな予定は・・・無かった。そんな予定は無かったんだよ。



 私は地を見つめていた。力は漲っているというのにまるで痩せっぽちだった子供の頃に戻ってしまったかのように地を力なく見つめ続けていた。ああ、失敗した。死のうかな?いや、死ねないな。魔王軍はまだ健在だ。せめて残りの軍団長を殺さないと・・・



 パキッ



 私は音がした方角に首をぐるりと回していた。



 「ひ・・・ひいいいいいい!!!化け物!!」


 「・・・化け物なら死んだよ?」



 そこには傷ついた兵士が一人隠れていた。こちらから遠ざかろうとしていたのだろう。その際に何かにぶつかり物音を立ててしまったようだ。


 ああ、カラカラになった兵士の遺体の骨が折れた音か。私もそうだがこいつもついてないな。いやほんとについてないな。



 「化け物!化け物!化け物!」


 「・・・あの軍団長ならもう死んだよ。苦労したがなんとか殺した」


 私は内心無理だろなと思いつつそう語りかけていた。そしてゆっくりと兵士の方へ歩いていた。



 「化け物は貴様だ!よくも!よくも!生きているアイツラに!アイツラに!ああああ!なんで殺した!なんでだ!味方だったろう!なんで殺した!裏切者!裏切者!裏切者!!」



 「・・・」


 足を引きずりながら遠ざかろうとする兵士は私を罵倒し続けていた。ああ、違う。そうじゃない。私は裏切ってなどいない。違うんだ。違うんだ。違うんだ。裏切ってなんかいない。ただ、守るために生き残ろうとしてそのために最善を尽くしただけなんだ。



 ああ、だけど・・・最善を尽くすためにまだ生きている兵士達を、私に血を吸われなければ生きていた兵士達を皆殺しにして血を吸い尽くしたことは赦されるのだろうか?赦されるのだろうか?誰に?



 赦されるわけがない。赦しなどない。赦しを得られる範疇を余裕でぶっちぎって超えている。


 ならどうする?赦しなど得られないのならどうする?わからないフリをしていたが既に本当は理解していた。




 私は逃げようとする兵士を殺した。



 殺したことに達成感など何一つなかった。私は兵士の死を無駄にしないために血を啜った。念入りに一適も遺さないように血を啜った。



 

 勇者編 JK時代 NORMALエンド



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