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勇者編⑩ 友人から知人へ


 吸血鬼を殺したことがある・・・か。



 はてさてどう考えたものか。おそらく吸血鬼であろう軍団長は私もまだ殺せていない。隠者が只者でないのはわかるが・・・吸血鬼を過去に殺したと豪語する隠者は私よりも強いのだろうか?仮にも召喚されて能力を得た上で何年もの間血反吐を吐いて戦場で魔王軍を殺し続けた私よりも強いのだろうか?


 以前殴りかかったときも無抵抗だったし、避けたりもしなかった。だが、大した怪我はしなかったし怪我をしてもすぐに傷は回復した。このことをどう考える?


 弱いから避けれなかったのか、あるいは私の攻撃を受けたところで特にどうということはないから避ける気がなかったのか。


 前者なら単なるハッタリか勘違いだ。後者なら・・・私はどうすれば良い?ああ、戦場で無いとはいえ悠長に考えすぎだな。敵ではない相手の前とはいえ人前で考え込むなど油断し過ぎだ。


 まあ、隠者のことはこれでも友人と思っているから別に悪くはないのだろうが・・・槍で攻撃を仕掛けて本当かどうか確かめるという手もあるが・・・



 「ねえ、隠者さ」


 「なんだい?」



 「そんなに強いなら力貸してくれない?」


 「力って?」



 「私さ、週末は毎週毎週魔王軍と殺し合ってるのよ」


 「へえ、そうなんだね」



 「でさ、魔王軍強いから戦力足りないのよね。これでも昔よりは強くなったから大抵の相手には勝てるようになったんだけどさ。軍団長にはまだ勝てないのよ」


 「うんうん」



 「で、さっきの話だとあんた吸血鬼殺したことがあるくらい強いんでしょ?」


 「そうだよ」



 「私と一緒に戦場で軍団長や魔王をぶち殺すの手伝ってくれない?週休6日の生きている間は滅多なことでは首にならないある意味安定した仕事よ」


 「やだね」



 この糞隠者・・・



 「まあまあ、そう言わずにさ。なんなら高待遇にするよう王様に掛け合うからさ」


 「やだね」



 ・・・少しは考えろよ。



 「考えもせずに即お断り?仮にも肉体関係持った相手に冷たいわね。強いのにどうして手を貸したくないの?私のことが嫌いなの?身体だけ弄んで私のことが嫌いなの?」


 ムカついて話してたらまるで私がこの女に恋愛的に執着してるみたいなことを話してた。何言ってんだ私。



 「君のことは好きだとも。ただ、戦うとかそういう目立つことはもう随分前に卒業しててね。懲り懲りなんだ。うん、本当にもう懲り懲りなんだよ。そもそもなんで魔王軍?とかいう存在と君は戦ってるんだい?」


 「なんで魔王軍と戦うかって?仕方ないじゃない。相手が攻めて来るんだもの。戦って殺さないと人が殺される。みんなみんな・・・私みたいな人間に優しくしてくれた人たちもみんな死んじゃうからよ。殺さないと生きていけないの」



 「ふーん」


 「だから殺すの。先ずは今攻めて来ている魔王軍のトップの軍団長を殺すの。そして他の軍団長も殺すの。みんなみんな殺して殺して殺して殺して殺しまくって・・・最後には魔王を殺すの!そうしたらみんな助かるの!王様も!私にずっと優しくしてくれたシオンも!みんな助かるの!私はそのために生きてるの!あいつらを殺さないと・・・私が生きている人々は・・・言うならば世界は救われないの」



 「・・・確認だけどさ。シオンというのは君とよく一緒にいる従者の名前かい?」


 「従者じゃなくて世話係兼護衛だけどね。本人には死んでも絶対言えないけど家族みたいに思ってるわ」



 「・・・ふーん。シオン・・・シオンか。偶然か?いや・・・そんな偶然なんてあるのか?」


 「・・・シオンになにかあるの?」



 「・・・」


 「・・・何が?」



 「気にしないでくれ、別に大した話じゃない。そう・・・別に大した話じゃない。そのはずだ。ところでさ、君は肝心なところで間違ってるよ」


 「何が?」



 「魔王を殺しても世界は救われない」


 「・・・どういうこと?」



 「理由は言いたくない。だが、私の判断では魔王を倒しても何も救われない。理由は言いたくない」


 「・・・どういうこと?知ってるなら教えてくれない?」



 「知らないほうが良いことなんて世の中にはいくらでもある。嫌いなやつになら教えてあげても良かったけどね。私は君に好感を抱いてしまった。もう手遅れだ。君は良いやつだ。私と同じく自分自身のことは大嫌いなようだけど誰かを大切に思う心を持っている。誰かを大切に思える相手がいるというのは素晴らしいことだ。そういう君がね・・・死んだり狂ったりしたら心が痛む。とっくの昔に良心なんて捨てたけどね。君がどう思っているかは知らないが仮にも友人と思えるような相手が出来たのはね。これでももう随分と久々なんだよ・・・ああ、本当に久々なんだ。これでも君が来るのを楽しみにしているんだ。ずっとずっとずーっと、私には誰もいなかった。家族も友人も何もいなかった。いてもすぐにいなくなった。家族や友人と思えば思った相手は皆ひどい目に遭わされて壊れて死ぬか裏切るかした。慣れている。裏切られるのも罵られるのも慣れている。目の前で死なれるのも慣れている。慣れているとも。もうずっと繰り返していることだ。慣れきっているとも。仮に君が死んだり狂ったりしてもああやっぱりねと思うだけだ。でも、でもだ、それでもやっぱり自分が原因で誰かが死ぬのも狂うのは・・・嫌なんだよ。慣れてるけど別に誰かが死んだり狂ったりするのを好んでいるわけじゃないんだ。私はそんなことを望んだことは一切無いんだ。いいかい、多分君は分岐点にいる。やり過ぎると君は分岐点を超えて戻れなくなる。どうしようもない酷いむごたらしい救いなど一切無いろくでもない末路を迎えることになる。それは避けたい。君も酷い目に逢いたくはないだろう?私のお勧めはこうだ。魔王を殺すな。軍団長も殺すな。程々に目立たない程度に戦争で頑張りなさい。あるいは状況が許すならば穏やかな極めてつまらない生活をしなさい。いいかい、目立つのは控えるんだ。ああ・・・いや、やめておこう。私は何をしている?ハハハハハハハハハハハハハハ、何をしているんだ?ボケているのか?ボケているな!!いやはや、思い出したよ。いや、忘れたことなど一度もなかった。忘れられるはずがない!!忘れたふりをしたかったけど、もう無理だな。私が指示を出した相手はほぼろくでもない目にあって死ぬんだった。忘れてくれ。君と私は友人ではないな。ああ、君と僕はただの顔見知りだ。ああ・・・私は何を油断していたんだ。ああ、ああ、ああああああああああああああ!見ているのか?私は今も見られているのか?油断した上で私が何かを手にするのを待っているのか!ええ!どうなんだ!どうなんだよ!私を見ているのか!?ああああああああああああああああああああああああ!!」


 「・・・うん、何叫んでんのあんた?」



 「殺すべきだ」


 「は?」



 「君は死ぬべきだ。多分もう手遅れだ。死になさい。優しく殺してあげよう。私にはそれしか出来ない。ああ、来世では関わらないようにしないとね」


 「ポンコツ隠者さ、狂ってる?」


 隠者はおそらく武器を構えていた。



 「狂っている?当たり前だろう?」


 「いや、知ってたけどさ」



 「はは、私が狂っているなんて当たり前だろう?馬鹿なことを言うね」


 「ごめんごめん、そりゃそうだわ。まあ、そういう人生捨ててる感じの狂ってるところが好きで来てたんだけどね。私もとっくの昔に狂ってるしさ。で?殺し合うの?私としては別に死ぬのなんていつでもできるしそうしたいなら別に次会うときでいいんじゃないって思うんだけどさ。別に逃げも隠れもしないわよ」



 「・・・」


 「ま、嫌なこと思い出して珍しくテンション上がっちゃったみたいだけどさ。私としてはあんたと殺し合うなら理由は知りたいかな。その上で納得した上で殺し合いましょう」




 「そろそろ帰るわ。頭冷やして次までに考えといて。ああ、別に私も殺すの慣れてるからさ。あんたが死にたいなら優しく殺してあげるよ。介錯するのは慣れてるからさ。得意なんだ。ほらさ、戦争で運悪く即死出来なかった味方はさ、誰かが殺してあげないと長く苦しむだけでしょ?誰かが殺して楽にしてあげないとね。最初は出来なかったけど・・・もう慣れたよ。優しく首を斬り落としてあげる」


 「・・・」



 「あんたが狂ってたのは知ってた。何かは知らないけど何かに苦しんでたんだなってのもなんとなく想像ついてた。そういう雰囲気・・・なんとなくわかるんだよ。それでも居心地いいからここに通ってた。私も・・・そうだからさ。私のせいで母親は死んだ。母が死んで父親は少しずつ狂っていった。優しい父親だったんだよ。ずっとずっと優しかったんだ。下手くそなちょっと焦げたオムライスを作る父親でね。私がいなければ幸せなはずだった。私は産まれるべきじゃなかったんだよ。今はね・・・オマケの時間なんだよ。私には過ぎたオマケの時間」



 「・・・」


 「シオンにはこんなこと死んでも絶対言えないけどね。シオンのことは家族みたいに思ってる。お姉ちゃんみたいな存在・・・本人には死んでも言えないけどさ。シオンが大切なの。仕事とはいえこっちに来てからずっとずっと守ってくれてたからさ。シオンも家族を亡くして辛いはずなのに私のことずっと守ってくれてた。王様も同じ。王様はおじいちゃんみたい・・・かな。私にとっては過ぎた存在なんだよ。二人とも。まるで夢でも見てるような時間だなって偶に思うんだ。本当はあのときに私は父親に犯された後に刺されて死んで今は夢を見てるだけなんじゃないかな?って偶に思うんだ。こんな私に家族なんて上等なもの出来る訳ないじゃんってさ。偶に思うんだ」



 「・・・」


 「・・・私は疫病神なんだよ。私がいなければ母は死ななかったし、父も狂わなかった・・・ああ、だめだな。口に出すとわかっていても辛いよ。とっくの昔に受け入れていても口に出すとやっぱり辛い。ハァ、だめだな。強いね、隠者。何人も何人も自分のせいで大切な人が死ぬなんて私は想像しただけで私は辛い。自分が原因でシオンが死んでしまうこと考えたらたまらなく怖い。怖くて震えてしまう。そうだね・・・約束するよ。私が生きている間限定だけどさ、あんたが生きていることに耐えられなくなったらさ。私があんたを殺してあげる。優しく首を切り落として殺してあげるよ。これでもあんたのことを友達だと思ってるんだ。私みたいなのに思われても迷惑かもしれないけどね・・・私はあんたを友達だと思ってる」



 「・・・私と君は友人ではない。ただの知り合いだ」


 「そっか、うん。まあ、また来るよ。そういえばさ、いい加減あんたの名前教えて貰ってもいい?何回聞いてもはぐらかして教えてくれないけど教えてくれてもいいでしょ?ほら、あんたを殺した後に入れる棺に名前を刻んであげるのに必要でしょ?」





 「・・・ただの知り合いには名前を教えない主義でね」




 「・・・また来るよ。考えといて。じゃあまたね」




 その後、何度か隠者の住む家を訪ねたが、隠者の家の扉が開くことはもうなかった。





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