勇者編⑨ 隠者との問答
「聞きたいことあるんだけどさ」
「なんだい?愛しのハニー」
ようやく時間の出来た私は隠者の家に一人来ていた。目的はもちろん隠者を殺害するためだ。
ではなく、前回会った際に明らかにおかしな発言をこの女がしていたからだ。聞いたときは別件の対処でそれどころではなかったのでいつか機会を見て確認しようと思っていた。
「何それ?うっかり殺したくなるんだけど?一回死んでみる?」
「照れるね。別に一回くらい構わないけど出来ればベッドでやってくれたまえ。攻めたときの君は可愛かったが本来の私は受けだからね。攻められるのは嫌いじゃない。むしろ大好きさ。いやはやドキドキするね」
ダメだこいつ。脳内がピンクになってやがる。殺意が湧く。本気でとりあえず一回殺してやろうか。いかんいかん。人は死んだらそれで終わりだ。ゲームじゃないんだから復活とかしない。隠者とかゲームに出てくる重要なキャラっぽいけどこの世界はゲームじゃない。冷静になろう。
「あんたさ、一体なにもの?」
「私は私だよ」
「いや、そういうんじゃなくてさ。うーん、なんて言えばいいのかな。私さ、これでも勇者だから強いのよ。で、前回結構本気で殴ったんだけどさ。あんた、ニタニタ喜んでたわよね?普通のただの人間なら重傷か死ぬ程度に殴ったんだけどさ。あんたなんで無事なの?」
「ああ、大したことはないさ。昔から身体は頑丈なんだよ。あと私はマゾだからね。殴られるのはわりと好きなんだよ。もちろんムチもろうそくも好きさ。やはり定番というものは定番になるだけの良さがあるよね」
「あんたの性癖は聞いてない。頑丈とかそういうレベル?殴った傷がすぐに治ってたんだけどあれは?」
「そういう体質でね。少々の傷ならすぐに治る。そんなもんだよ。ところで君もわりとMだと思うんだ。Mは経験を積めば良質なSにもなれる。期待してる。開花して私を攻めてくれると嬉しい」
だめだ。脳内ピンク色混じりのふざけた回答しか返ってこない。
あるいは・・・素か?これ。何かを隠してるような反応じゃないんだよな。当たり前のことを聞かれたから当たり前の答えを返した上で喋りたいことを好きに喋っている。そんな感じの返答だ。
「あんたひょっとして強いの?」
「そこそこね。これでも多少は戦える」
「目が見えないのに?」
「ああ、もう見えなくなって長いこと経つからね。別に見えなくてもわかるから何も問題ないよ」
まあこれはわからなくはない。この世界はろくでもない世界だ。どこで何があって死ぬことになっても何もおかしくない。戦う力がなければそこらへんでゴブリンに遭遇しただけで死ぬ。
逆に今生きているのならばそれはとてもとても運が良くて魔物にも人にも襲われたことがないか、誰か護衛がいるか、戦闘力があるかのどれかだ。弱ければ死ぬ世界だ。そして強くても運が悪ければ死ぬ世界だ。少なくとも何の集団にも属さずに一人で気楽に暮らしている人間なんて少なくともただの人間ではない。何かはある。
「そこそこってどれくらい?」
「そこそこはそこそこだよ」
聞き方が悪かった。
「一人でオークは倒せる?」
「ああ、問題ないね」
「じゃ、オーガは?」
「ああ、問題ないね」
「へえ、オークはともかくオーガを?一人で倒せるやつなんて滅多にいないんだけどね。それでそこそこ?」
「私が知っているオーガと強さに違いが無いなら問題ないよ」
「自信ありげね。私の知ってるオーガは・・・最精鋭の兵士が20人で準備して囲んで運が良ければ殺せるくらいの強さね。もちろんそれ用の装備を準備した上で。まあ・・・半分も生き残ればついてるわね」
「ああ、それくらいなら問題ないよ」
今のところ隠者の反応に不自然な点は見られない。嘘をついているような雰囲気は全くない。まあ、この女が嘘を平然とつけるか真実でないことを真実だと思いこんでいたら本当のことはわからないわけだが。一回試しに本気で殺しにかかるか?いや待て待て。発想が剣呑になっている。本気で死んだら聞きたいことも聞けやしない。落ち着け。私はこの世界の誇る美少女勇者だ。人を殺すのは良くない。私にもそれくらいのモラルは残っている。
殺して良いのは魔王軍と裏切者だけだ。質問を続けよう。
「ふーん・・・じゃあ軍団長や魔王は殺せる?」
「軍団長や魔王?」
「そう、強さに自信あるみたいだしさ。ひょっとして殺せたりするのかなって思ってね」
「うーん、会ったことないからわからないね。どれくらい強いんだい?」
「魔王は戦場に出てきたら兵士が数万単位で死んでろくにダメージを与えられないくらいの強さかな。私も会ったことないから知らないけど。軍団長はそうね・・・オーガ数百匹に同時に襲われるよりも軍団長一人の方が手強いかな。そんな感じ」
「なるほど、会ってみないとちょっとわからないね。どんな能力を持っているかも知らないしさ」
「ああ、魔王は吸血鬼らしいわよ。とても強い吸血鬼。多分軍団長も吸血鬼かな」
「ああ、吸血鬼なら殺せるね。心臓を杭で刺せば死ぬじゃないか」
「へえ・・・まるで吸血鬼を殺したことがあるみたいね?」
「そりゃあるよ」
へえ・・・殺したことあるんだ?私もまだ無いんだけどね。




