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14話 処分



 結論から言おう。俺は死んだ。



 あの女の読みは当たっていた。



 廃ホテルの中、アイツのいる部屋に戻った俺を見てアイツはすごく嬉しそうな顔をしていた。



 「おや?なんだ・・・諦めて戻ってきたのか。お前の血はうまいし薫り高い。残らず吸ってやるから近くにおいで」



 ニタニタとこちらを警戒もせずに余裕たっぷりといった顔で、動きもせず俺が近づくのをアイツはただ愉しそうに待っていた。



 「いい匂いがするな」


 浩平が死んだことで頭の中のネジが何本かぶっ飛んだのだろう。俺は不思議な余裕を感じながら内心ツッコミを入れた。



 こいつ大物ぶってるけど、俺が女装していることにまだ気づかないし・・・そもそも犬の吐瀉物みたいな匂いしている今の俺の身体をいい匂いとか・・・見る目も鼻も腐ってるんじゃないか?



 「ずっと匂っていたい臭いだ。癖になるな」


 間違いなく鼻がおかしい。人間の基準とは違う。



 「さて、それでは血を頂くぞ。素直に戻ってきた褒美にいいことを教えてやろう。お前はワシに噛まれて人間ではなくなりつつある。そして時間が経つに連れ自我を失いワシの操り人形のような状態になるだろう。だが、その前にワシの血を吸えば支配から解き放たれるぞ。まあ、そうはさせんがな・・・少しは手加減をしてやろう。どうだ・・・希望が出てきただろう?」



 完全に俺のことを舐めきっていた。嗤いながら、ニタニタと自分の首筋を指で指していた。



 くそったれ、殺してやる。


 ぶち殺した上で望み通りに血を吸ってやる。


 そう思いながらも頭の一部では冷静に考えを続けていた。挑発を続けるこいつを前に俺はどうやって時間を稼げばいいんだろう。



 「私はこれから頑張って全力でアナタ様の血を狙いますので、アナタ様と比べて遥かに脆弱な私がすぐに死なないように手加減してくださいませんでしょうか?アナタ様とお比べし、虫けらのような私ではありますが・・・その方がアナタ様としてはゲームとして楽しいのではないでしょうか?」

 

 俺は目の前の吸血鬼を相手にプライドを捨ててコメツキバッタのように頭を低くしてできる限り丁寧な口調で頼んだ。



 「よくわかるな。人間にしては吸血鬼の気持ちがわかる、感心だ。ワシのように人間なら気が遠くなるほどの年月を生きているとな、ダメなんだよ・・・退屈は長く生き過ぎた吸血鬼の大敵の一つだ。力を得るために血を吸いたいだけならば問答無用に襲いかかってエモノを動けなくしてから血を啜った方が簡単だ。そういった吸血鬼も当然いる。だが、ワシのような古い吸血鬼はそうしない・・・血を吸うのにもこだわりがある。それは美意識であり退屈という吸血鬼の大敵に対抗する方法のひとつなのだ。こだわりをもって何かをしないと生きている意味がなくなるのだ。ただ、血を吸い続けるだけならばそれはただの獣だ」



 「人間も美食を楽しむだろう?栄養を取りたいだけならば全ての食べ物をミキサーに投げ込んで粉々にして液体にしてゴクゴクと飲めばそれで済む。だがそれでは日々の満足が得られないだろう。人間が無駄を楽しむようにワシもそこは同じなのだよ」


 少し上機嫌になった吸血鬼はペラペラと喋り続けていた。


 自分の興味のあることにだけ急に饒舌になるオタクのようだった。喋っていることに同意は何一つ出来なかったが時間が過ぎるのは俺としては有難かった。



 「少し喋りすぎたな・・・そろそろ始めるとしよう・・・・む」



 あの女が何かしたのだろう。吸血鬼の表情が明らかに変わった。


 苦しそうな表情に見える・・・チャンスだ。



 チャンスだと思った瞬間俺の身体は風になっていた。ガーターベルトの下に隠していたあのおぞましい黒い女から借りた刃物を俺は吸血鬼の身体に突き刺した。



 銀の串を刺した時とは違う感触だったと思う。


 銀の串の時は何か実体のないものを刺しているような、本当に刺さっているのかフワフワとした感触しか感じなかったし血も出なかった。



 あの女から借りた刃物を刺した傷口からはドクドクと留まることなく壊れた蛇口のように勢いよく血が流れていた。



 「くたばれ!望み通りお前のクソみたいな血を飲んでやるよ!」


 仇を取れたことに興奮したのか、あるいは化け物になりつつある俺はもう狂っていたのだろう。俺は吸血鬼の喉に喰らいつき気づけばゴクゴクと血を啜っていた。



 飲んだことはないが例えるならば値段のつけられないようなレベルの極上のワインのような味だったように思う。



 興奮して気づかなかったのだろうか・・・気づけば黒い女がまるで突然現れた蜃気楼のように側にいて俺の様子を見ていた。



 「無事にアイツは処分しましたよ」



 女はビルの入り口で別れたときと同じ表情をしながら話しかけてきた。相変わらず処分される予定の家畜を見るような目で俺を見ていた。



 「ありがとうございます。おかげで楽にアイツの処分ができました」


 丁寧に深々とお辞儀をしながら女はそう俺にお礼を言った。



 そして、その手に持っている凶悪な黒い鈍器をゆっくりと上に持ち上げ・・・そのまま俺の頭に流れるように自然と振り下ろした。



 ぐしゃりという音が聞こえたような気がする。



 それが俺の一回目の最期だった。




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