23話 末路
戦いは拮抗していた。
カーネルの放つ両手の拳のラッシュをドライは完全に捌き切っていた。左手の刃の攻撃も同じだ。ドライは見事に全てを防ぎきっていた。
糞聖女は変わらず魔軍を指揮していた。そして左手を切り落としてカーネルの援護をするかのようなタイミングと場所に投擲していた。それがなければあるいはカーネルは既に敗れていたかもしれない。
拮抗している。拮抗しているが、ほんの僅かだがそれでもドライの方が上だった。そして・・・徐々に吸血鬼と人間の持久力の差が出てきた。少しだが、カーネルの放つ拳のラッシュの速度が落ちたのだ。
それと同時に僅かだが魔軍の傷の回復速度も落ちた。
僅かな違いだ。僅かな違いなんだ。だが、ドライは機を逃さなかった。あちこちの枝の先端からかつて街で放った赤い珠の遠距離攻撃を繰り出してきた。それは数百発もある恐るべき砲撃の連射だった。
一発一発の威力はかつてドライの放ったものとは比べるほどもなく弱い。だが、数は脅威だ。砲撃を喰らった魔軍は容赦なく散った。カーネルも赤い珠の砲撃を喰らっていた。
それでも回復はしている。回復はしているが、隙ができた。カーネルはドライが放つ枝の触手の追撃で痛撃を喰らっていた。ただの人間ならとっくの昔に死んでいただろう。それでもカーネルは倒れなかった。それ以上の隙も見せなかった。
だが・・・
「カーネル!」
あの糞聖女がそれを見て明らかに動揺を見せていた。まるで普通に仲間の心配をするかのような表情をしていた。
やめろ。お前はただの狂った終わってしまった狂信者だろう?まともな人間のようなフリをするな。お前には仲間を思い遣るようなそんなまともな感覚は残っていないはずだ。演技のはずだ!演技だろう?
そう思ったよ。思い込もうとしたんだ。
ドライは糞聖女の見せた隙を見逃さなかった。糞聖女は俺と同じようにあっさりと四肢を切り落とされた。そして俺と同じく百舌鳥の早贄状態になった。
「・・・嘘だろ」
こんな狂った女にも・・・まだ仲間を思い遣るような気持ちが残っていたのか?仲間が傷つく姿を見て動揺を見せるような・・・そんな人としての心が残っているっていうのか?
だが、だがだ・・・この女は容赦なく街の人間を全て化け物にしたんだぞ?多少良いところがあるからと言って許せるか?
許して・・・いいのか?
俺は・・・この女をいつか殺そうと思っていたが悩んだよ。本当に・・・殺していいのだろうか?ってな。
本当はカーネルが変身するときに叫んでいた言葉を聞いたときも悩んでいたんだ。カーネルはどんなに仲間が変わってしまおうとも見捨てないと言っていた。
そして、女はカーネルの言葉を聞いてまるで泣いているように見えたんだ・・・まだ手遅れじゃないのか?
まだ、救いはあるのだろうか?こんな自分で自分の愛する夫と子供の首を切り落として自分の両肩に縫い付けて幸せだと笑っているような狂った女にも・・・まだ、人として生きられる可能性は残されているのか?
どうすればいいんだよ・・・俺は途方に暮れた。戦いの中で少しだけそんな余計なことを考えていた。
そして、気づけばカーネルは・・・どんどんボロボロになっていった。倒れこそはしないもののボロボロになっていった。
酷い・・・回復はしている。だが、酷い。いつ倒れてもおかしくはない。そう思えた。
負けたか。俺は思わず天を仰いだよ。もう何も手立ては残されていなかったんだ。ドライは相変わらず何の隙も見せなかった。宣言通り俺の心を容赦なく折るために全身全霊を尽くしていた。
カーネルを助けたいが俺は百舌鳥の早贄状態で何もできなかった。何かを出来る両手両足は全て切り落とされていた。
ああ、負けたか。終わったな。俺は再び天を仰いでいた。
妙なものが見えた。
・・・・・・・・・・
闇だ。
闇があった。
怪しく輝く月の側におぞましい闇が存在していた。
まるで、天体を飲み込んでしまうブラックホールのように見えたよ。おぞましい。ああ、本当におぞましいな。
ふと、目を凝らすとその闇は人の姿をしていた。それは黒い傘を持った女の姿をしていた。女はまるで空を歩くかのようにゆっくりと月に近付いていった。
女が右手に持つ黒い傘は気づけば黒光りする破壊鎚へと変わっていた。そして、女は左手に炎を纏っていた。炎は破壊鎚の中に吸い込まれていった。黒光りしていた破壊鎚は気づけば赤みを帯びていた。それはまるで全てを燃やし尽くしてしまう暗黒の太陽のようなおぞましい赤だった。
女は右手に持ったおぞましい破壊鎚を月に向かって無造作に振るっていた。
何が起きたのかわからなかったよ。
月が粉砕された。
粉微塵に月が粉砕された。
吸血鬼に力を与え続けていた怪しく光り輝いていたあの月が粉砕されていた。破壊された瞬間結界に修復不可能な大きな穴が開いた。
開いた穴からは太陽が覗いていた。
女は空を落下していた。相変わらず右手に破壊鎚を持ちながら地面に真っ逆さまに堕ちていくかのように落下していた。
そして、そのまま木に変化しているドライの上に破壊鎚を振り下ろした。
・・・・・・・・・・
地面に着地した女はおぞましい気配を放っていた。
月が破壊されて大きな穴が開いたことで結界は完全に破壊されていた。いつしか空には太陽が登っていた。
本来なら温かいはずの太陽の光は、女の放つおぞましい闇に遮られているかのように翳っていた。
女は木に変化したドライに容赦なく破壊鎚を振り下ろし続けた。何度も。何度も。何度もだ。
見ていてドライが可哀相になった。もう何の抵抗もしていなかったよ。最初は残っていた枝で攻撃を仕掛けようとしていたんだ。
だが全て躱された。センチ単位どころかミリ単位の見切りだ。全く無駄のない動きで躱された。そしてあっさりと反撃を喰らっていた。あれほど恐ろしかったドライの枝の連撃は女にとってはまるで児戯かのようにあっさりと処理されていた。女は背後から来る枝の攻撃を振り向きもしないで躱していた。
女は破壊鎚を振り下ろし続けていた。何度も何度も。念入りに何度も。
気づけばドライはピクリとも動かなくなっていた。そして・・・木から元の人の姿に戻りつつあった。
女は人の姿に戻りつつあるドライに容赦なく火を放った。ドライは燃えていた。全身ズタボロにされながら最後のトドメとばかりに火を放たれて燃えていた。
ああ、助からないな。
ふと・・・ドライと目があった。
「・・・私の・・・負け・・・だね・・・約束・・・話さない・・・いけないんだけど・・・もう時間がない・・・ね」
ドライはもう今にも死んでしまいそうだった。もう・・・なんの力も残されているようには見えなかった。残った力で俺に何かを言い残そうとしていた。
「もし・・・君が・・・いつか・・・全てに・・・絶望した・・・ならば・・・本体の・・・魔王ドライ様を・・・訪ねなさい・・・そんな日が・・・来ない・・・ことを・・・心から・・・祈ってる・・・よ・・・約束を・・・守れなくて・・・ごめん」
ドライはそう言った瞬間、燃え尽きて灰になった。
あれほど俺たち3人を手こずらせたドライは、突然現れた女にあっさりと殺されていた。
・・・・・・・・・・
詩音だった。ドライを殺した女は詩音だった。
俺はどうしょうもない絶望に包まれていた。恐怖に震えていた。将来必ず訪れるであろう破滅の未来に怯えていた。
詩音は3つの武器を使っていた。
左手の炎。右手の破壊鎚。そして身体に纏った闇の衣。
3つ。3つだ。3つなんだ・・・あの狂ってしまった聖女ですら2つだ。2つでああなんだ。
たった2つで・・・聖女はああなってしまったんだ。
ああ、詩音は・・・どうなるんだろう。気づけば俺は涙を流していた。心はグチャグチャだった。不安、絶望、恐怖、あらゆる負の感情が胸の内で乱れ狂っていた。
ふと気づくと目の前には黒い影があった。
相変わらずどうしようもない程のおぞましい気配を放ちながら詩音が俺を見ていた。初めてあったときのような目で俺を見ていたよ。そう、今から処分する予定の家畜を見るような目で俺を見ていた。
そして、ゆっくりと右手に持った破壊鎚を振り上げたんだ。
俺は静かに目を瞑った。
ああ、仕方ないな。俺はもう吸血鬼になってしまったんだ。詩音が心から憎む吸血鬼になってしまったんだ。吸血鬼を狩るためだけに生きてきた詩音の前に吸血鬼がいるんだ。こうなって当然だろう。
俺は静かに待っていた。詩音が右腕を振り下ろすのを待っていたんだ。
・・・遅いな。まだ振り下ろさないのか?それとも俺が気づいてないだけで振り下ろされて俺は即死した後か?そんなことを考えていた。
俺は瞑っていた目を開けて前を見た。
・・・・・・・・・・
泣いていた。
詩音は静かに涙を流していた。声こそ出さないもののまるで小さな子供のように泣きじゃくっていた。目の前の現実を拒否するかのように泣きじゃくっていた。
「・・・どうして」
小さな声だった。だが慟哭のような哀しい声だった。
「・・・どうしてそうなっちゃったんですか」
詩音は肩を落とし泣きじゃくっていた。子供のように泣き続けていた。俺は何か声をかけないといけないなと思ったよ。
でも、何も浮かばなかった。気づけばこんな言葉を発していた。
「なあ、詩音」
「・・・・・・」
「殺さないのか?」
「・・・・・・」
「俺はもう、詩音の大嫌いな吸血鬼になっちまったよ。だからもう・・・仕方ないなと思ってる」
「・・・・・・」
「慣れてはいるけどさ。でも、やっぱり嫌なんだ。出来れば苦しまないように一撃で優しく頼むよ。最期のお願いだ」
「・・・殺しません」
「・・・え?」
「私はあなたを・・・絶対に殺しません」
「でも、吸血鬼だぞ?」
「・・・嫌いです。あなたはいつも酷いことを言います。大嫌いです」
「すまない」
「何があっても殺しません。絶対です。そのくらいなら私が死にます。死ぬなら私が先です」
「それはどうかと思うぞ」
「愛してます」
「・・・え?」
「私はあなたを愛しています。あなたに恋をしています。吸血鬼を殺すことしか能のないどうしようもないクズの私です。でも、あなたを愛してます。信じてください。大好きなんです。大好きなんです」
「お、おう」
「私にあなたを殺させるくらいなら、あなたが私を殺して下さい。その方がずっといい。お願いします。私に生きている意味なんて・・・元々大して無いのです。あなたを失えば・・・もう何もないんです」
「私は自分自身の力を扱いきれずに故郷の村を焼いてしまいました。大好きだった母を殺しました。覚えています。まだ感触を覚えています。私のこの右手の破壊鎚で殺しました」
「お父さんも殺しました。私を庇おうとしたお父さんも殺しました。眼の前に吸血鬼がいたんです。私はお父さんごと吸血鬼を皆殺しにしました」
「飼っていた犬も殺しました。私を庇おうとしたあの子を殺しました。いつも私の側にいてくれたあの子を殺しました。私の周囲を取り囲んでいた吸血鬼の群れごと薙ぎ払いました。私は自分にとって大切な家族を全て皆殺しにしました。村も焼きました。吸血鬼を殺すために炎を放っていたら村も全て焼けてしまいました。村人も何人も殺しました。私を普段可愛がってくれていて、私を守ろうとしていた村人も何人も殺しました」
「私に生きている価値なんて無いんです。あの時死ぬべきでした。お願いします。もう殺したく無いんです。大切な誰かを殺してまで私に生き残る価値なんて・・・無いんです」
「死ぬならあなたに殺されたいんです。一人で死ぬのは嫌なんです。こんなどうしようもないクズの私でも一人で死ぬのは嫌なんです。お願いします。お願いします。どうか私を殺して下さい。一人にしないで下さい。お願いします。私を殺して下さい。あなたに抱かれながら私は殺されたいんです。死ぬときはあなたに抱かれながら死にたいんです。お願いします。私のようなどうしようもないクズには烏滸がましい厚かましい願いなのはわかっています。でもどうか・・・最期のときはあなたに抱かれて死にたいんです」
「愛してます」
詩音は涙を流していた。発している言葉は酷く情熱的だった。嘘ではないのだろう。まさか、この城で誰かに告白されることになるなんてな・・・
「なあ、詩音」
「はい」
「ちょっと愛の告白にしては重た過ぎないか?」
「はい、私は重たい女なんです」
「お、おう」
「知ってますか?」
「何を?」
「地雷って言うんですよ」
「うん?」
「リサさんから借りた本に乗ってました。私みたいなどうしようもないクズ女を地雷と言うそうです。大変ですね、お兄さん。こんな地雷に執着されて」
「自分で言うか・・・それ?」
「自覚してますから」
「なあ、詩音」
「はい」
「詩音の持っている呪いの武器はいくつあるんだ?」
「・・・3つです」
「・・・そっか」
「つまり、そういうことです」
「ああ、そういうことか。聖女のことは知っているか?」
「はい、知っています。聖女は2つですね。私より少ないです」
「知ってるんだな」
「はい、だから。わかってます」
「ああ、そうだったんだな。あのときはごめん」
「あのとき?」
「島でのことだよ。リサに近づくな。覚悟が出来ているなら一人何処かで野垂れ死んでくれって言ったことだよ」
「あのことですか。私泣きましたよ。家で一人でギャン泣きです。あんなに泣いたの久しぶりでしたよ」
「すまなかったな」
「はい」
「決めたよ」
「はい」
「お前を一人にはしないよ。殺すのもしない。そうだな、出来る限り一緒に足掻こうか。これでもさ、お前のこと大切な仲間だと思ってるんだぜ、俺」
「はい」
「愛とかは正直まだわからん。だけどさ、約束するよ。お前を一人では死なせない。仮にお前が死ぬときがあれば俺が抱きしめて優しく看取ってやるよ。約束だ。そうだな・・・魂の約束だよ」
「出来ればその時は優しく私の名前を愛を込めて呼びながら、抱き締めながら情熱的なキスをしながら看取って下さい。後、愛してるの言葉もお願いします。出来れば息を引き取るまで最低百回は言ってください」
「要求多いわ、あほ。前から思ってたがちょっとは遠慮しろ、あほ。後、おっぱい押し付け過ぎだ、あほ」
「地雷女ですから、私」
詩音はくすりと笑っていた。それはとても魅力的な笑顔だった。俺は一瞬だけ詩音に見惚れていた。
第三部 絶望の城編 NORMAL END
ここまでお読み頂きありがとうございます。わりと切りが良いところまでかけたと思います。いったんここで区切るのもありかなと思ったりもしたのですが、まだ書きたい部分もありますし、ラストの構想まで考えてはおりますので時間はかかるでしょうが最後まで糞作品にお付き合い頂けたら幸いです。評価やブックマーク宜しくお願い致します。




