17話 幼子
化け物女は右肩に縫い付けられた生首にキスをし続けていた。周囲で人間が化け物になっていることなど気にもならないのだろう。舌を絡めキスをし続けていた。
「クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス・・・クスクス、もう駄目ですよ坊やったら。お母さんとお父さんが仲良ししてるのをそんなに見たら駄目なんですからね」
化け物女の左肩には幼い子どもの生首が縫い付けられていた。化け物女は心底愛しそうに優しく生首の頭を撫でていた。
首から下に胴体がちゃんと揃っていれば優しいお母さんが愛しい我が子の頭を撫でている。そんな心温まる光景に見えただろう。
だが、目の前に見えるのはそんな光景ではなかった。ただただおぞましい。吐き気がする。糞が。糞が。糞が。今すぐこの化け物糞女を殺したかった。
自分の子の首を切り落として自分の肩に縫い付ける?そんな畜生以下のことをしておいて愛しい我が子だと?ふざけるな。お前にそんな資格はない。命を冒涜するな。
いくらなんでも・・・死んだあとにそんな目に合わされて穏やかに死の眠りにつけるだろうか?いや、無理だ。こんな目にあわされたら成仏できない。まあ、前世での概念だからこの世界では違うのかもしれないが。
俺は思わず目の前の化け物糞女に話しかけていた。
「なあ、その両肩の・・・なんだそれ?」
「クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス・・・クスクス。宿屋でお話したとおりですよ。わたくしの大切な愛しい旦那様と、その旦那様との間に出来たわたくしの愛し子です。可愛いでしょう?3歳になるんですよ」
「3歳か・・・なあ、質問していいか?なんで肩に生首を縫い付けてるんだ?」
「クスクス・・・変なことを聞きますね。愛している旦那様とはいつも一緒にいたいでしょう?ですから首を切り落としてわたくしの肩に縫い付けました。こうすればね。もう愛する旦那様がこの辛く苦しい絶望に満ちた世界で苦しむことはもうなくなるのです。わたくしは幸せです。旦那様も愛するわたくしといつまでも一緒にいられて幸せです。愛してます愛してます愛してます。心からわたくしは旦那様を愛してます」
「ハハ、なるほど。もう一つ聞いていいか?その左肩の子供の首もあんたが切り落としたのか?」
「クスクス・・・ええ、わたくしが切り落としました。そして縫い付けました。だってこの世界はとても辛く苦しい世界なのです。絶望に満ちているのです。愛しい我が子に絶望を味わわせたくありません。それが母としての愛情というものです。ですからわたくしはこの子の3歳の誕生日に良く眠っているこの子の首を切り落としました。ほら、言うでしょう?三つ子の魂百までって。つまり3歳になれば人は完成するのですよ。ええ、ええ、ですから問題ないのです。これで愛しい我が子は愛するお母さんであるわたくしといつまでも一緒にいられます。わたくしがいつまでもこの子を守ってあげられます。ええ、守ります守ります守ります。わたくしがこの愛しい我が子を守るのです」
「ハハ、ありがとう。聞きたいことは聞けたわ」
殺そう。カーネルは止めたがこれは殺そう。駄目だ。昔この化け物糞女がどんなに善良な存在だったとしてももうダメだ。致命的に何かがズレている。
壊れている。何かが壊れている。もう壊れきっている。ああ、あの女にそっくりだな。ロマとは種類が違うがこれももう壊れている。
カーネルは・・・これを見てもまだ諦めないのか。仲間を・・・見捨てないのか。
殺す。
だが・・・それをすれば最悪俺はカーネルと殺し合いになるだろう。カーネルは誇り高い仲間思いの男だ。たとえ、かばう価値のない糞みたいな存在でもカーネルは仲間だと思えば身体を張って庇うだろう。
知っていた。俺はもう身を持ってそのことを知っていた。糞みたいな俺を諭すためにわざわざ槍に穿かれた男なのだ。ふう・・・どうしたもんか。
俺は・・・殺意を帯びた目で化け物糞女を見つめ続けていた。目があった。
「クスクス・・・そんなに情熱的に見つめられると旦那様が嫉妬してしまいますよ?でも、構いません。わたくしと縁を結びましょうか?いつでもできるように服は着ないようにしているのです。旦那様もしているわたくしの姿を見て喜んでくださりますし。さあ、今からどうですか?何なら貴方様もわたくしが守って差し上げますよ。もう辛い思いをすることはないのです。わたくしの背中はまだ空いてますし・・・わたくしと一緒になりませんか?守ります守ります守ります。大切な仲間である貴方様を守ります」
心底おぞましかった。この化け物糞女は俺の首を切り落として背中に縫い付けて一緒になろうと誘いかけていた。しかもそれをまるでいいことのように本気で思っている。
俺はそう言われた瞬間、感情が爆発していた。おそらく・・・槍の呪いの影響で感情の起伏が激しくなっていたのもあるのだろう。俺はカーネルを吹き飛ばし化け物糞女をブチ殺すために疾走した。
そして俺の突き出した槍は化け物糞女の胸を穿いていた。
よし、殺せる。そう思った瞬間だ。穿いた胸から炎が出た。そして傷口は焼け塞がり血は一滴も出なかった。
「クスクス・・・まあまあまあまあ、情熱的ですね。旦那様の前でそんなにたくましく硬く太いもので穿いて下さるだなんて。嬉しいです嬉しいです嬉しいです。わたくしとそんなに縁を結びたいのですね。ああ、少しだけ濡れてしまいました。嬉しいです」
目の前の化け物糞女は胸を槍で穿かれても一切苦しそうな表情をしなかった。それどころか喜んでいた。
まるで・・・自ら胸に槍を誘い込んだかのように何の抵抗もしなかった。化け物め。心底おぞましい化け物め。狂信者が。狂った終わった狂信者が。吸血鬼以上の化け物め。殺す。1秒でも早く殺す。この化け物の存在が耐えきれない。殺す。
「クスクスクスクス・・・縁が結ばれてしまいましたね。どうしましょう。どうしましょう。わたくしをこんなにも情熱的に求めて下さった貴方様をわたくしはどう致しましょうか。ああ、嬉しい。すごく濡れてますわたくし。見てください。ほらこんなに」
化け物糞女は自分の濡れた秘部を俺に見せつけるかのように両手の指を使い開いていた。確かに濡れているな。ああ、何も興奮しねえな。俺はあまりのおぞましさに化け物糞女から槍を引き抜き距離を取っていた。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
みんな大好き金髪美人の全裸に網タイツというハッピーセットなんだが、それ以外が糞過ぎる。化け物が。狂信者が。さて、どうやればこれを殺せるか。槍を引き抜いた時に出来た傷は炎で再び焼き塞がれていた。
「ダメ ヘデラ ヤメテ」
「クスクス・・・まあまあ、カーネル様。でもこんなにわたくしのことを求めてくださっているのですよ?わたくしも女として答えて差し上げないと」
「ヘデラ オネガイ テヲ ダサナイデ タイセツ ナカマ オネガイ」
カーネルは目の前の狂った化け物糞女に懇願をしていた。どうか何もしないでほしいと。まるで話せば通じる普通の相手に頼むかのように真摯に頼み込んでいた。目の前の狂った化け物糞女は・・・
「はぁ・・・仕方ないですね。カーネル。この子のことは後回しにします。でも、いつかはこの子のことも救ってあげたいのですよ。その気持ちは嘘ではありません。救ってあげたいのです」
「・・・ノゾマヌ カギリ ヤメテ」
「・・・不本意です。ですが、吸血鬼が先ですね。わたくしは城に向かいます。ええ、殺すべきものは殺さないと。なにせ・・・あの吸血鬼とは縁が結ばれていますし・・・酷い目にあわされましたからね」
狂った化け物糞女はそう言ってゆっくりと歩き去って行った。化け物の軍勢を引き連れてゆっくりとゆっくりと歩いていた。そして、ふと何かを思い出したかのように立ち止まった。
化け物糞女は後ろを振り返り自らが率いる軍勢を見つめていた。そして、左手をかざすと・・・その手から炎が噴き出した。
炎が燃えていた。自らの率いる軍勢に対して発した炎は軍勢を燃やしていた。そして・・・炎はやがて収束し武器の形になっていた。
炎の剣。そう形容するに相応しい不定形だが剣の形を象っている武器を軍勢は持っていた。そこには総勢一万を越える武器を持った化け物の軍勢が完成していた。
そしてだ。化け物糞女は小さな声でこういった。
「さて、この街の住人は皆さん幸せになりました。もうこの街には住むものはいません。みんな幸せになりましたから。燃やしましょう。わたくしの故郷が吸血鬼に襲われた時に燃えてしまった時のように燃やしましょう。燃やして浄化するのです。ええ、全て燃やし尽くしてしまいましょう」
化け物糞女は淡々とそんなことを言っていた。そして、化け物糞女の率いた軍勢は街に炎の武器で火を放った。
燃えていた。一万人以上の人が住んでいた街が燃えていた。それなりに大きな街だった。ここに来て大して時間は経っていない。特に思い入れはない。
だが、だがだ・・・何もこんなふうに燃やすことはないだろう。なぜ燃やす必要があるんだ?いくらなんでも・・・これはないだろう。
幸いアリシアは気を失ったままだった。
ヨナは全て燃えて失われつつある街を見て、すべての感情を失ったかのような空虚な表情をしていた。
テッドは・・・燃える街を見ていたよ。
憎悪の目だった。あれは・・・大切なものを奪われてどうしても赦せない。あるいは自分の無力さを赦せない。そんな目だった。




