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15話 慈愛


 聖女ヘデラは凛とした立ち姿で慈愛に満ち溢れた表情で人々を見つめていた。そして口元は何か呪文を詠唱するかのように動き続けていた。



 耳を澄ました。わずかに聴こえた。少しずつ聖女ヘデラの声も大きくなっていったのもあるのだろう。少しずつ何を言っているのか聴こえてきた。




 「ああ、地に座す大いなる神よ。どうか救いを。わたくしの目の前にいる哀れなる寄る辺なき人々に救いを。わたくしは救いたい。このどうしようもない街で生まれ育ち、何かを諦めたかのような顔をしている人々を救いたい。世界にはもっと希望が溢れているべきなのです。どうしてこの世界にはこんなにも絶望が溢れているのでしょうか。救いたい。救いたい。わたくしは人々を救いたい。神が直接救わないのならば手にしたこの力でわたくしが救う」



 「ああ、どうか地に座す大いなる神よ。どうか救いを。わたくしに救いを。わたくしは今から目の前にいる哀れなる人々を救います。だからどうか・・・どうか。わたくしにお慈悲を。救いを与えてください。わたくしの愛する旦那様と愛する我が子に救いを。永遠なる安寧を。どうかどうか」



 聖女ヘデラの詠唱は続いていた。いや、詠唱というのは正しくない。これは祈りの言葉だ。神への祈りの言葉だ。


 真摯に救いを求め続ける聖女ヘデラの心からの言葉なのだろう。つらつらと言葉は続いていた。そして・・・



 「わたくしは全てを捧げます。わたくしは全てを救います。愛する旦那様と我が子を救います。この醜き身体と心を・・・愛する旦那様と我が子はどう思うでしょうか。ああ、どうか愛してほしい。愛する旦那様と我が子の愛が欲しい。そのためならわたくしは何でも致します。そう、何でも致します。まずは目の前の哀れなる人間どもに力を与えましょう。弱く牙を持たない哀れなるただの人間に力を与えましょう。慈悲が必要です。自分の不幸に気づいてすらいない人間にはわたくしからの慈悲が必要なのです」



 「慈悲を与えます。わたくしが慈悲を与えます。ああ、どうか気づかないで。愛する旦那様や我が子が気づかぬまま永遠に幸せになれたようにあなた達も気づかずにいなさい。それが幸せです。わたくしは今から慈悲を与えます。慈悲です。慈悲なのです」



 気づけば聖女ヘデラの翼はどんどん長く大きくなり街全体を覆うかのように薄く広がっていた。翼がスピーカーのような役割を果たしているのだろうか?聖女ヘデラの言葉は街全体から聴こえていた。



 俺はいつしか聖女ヘデラに見惚れていた。フラフラとフラフラと聖女ヘデラがいる方に歩き続けていた。


 救いがほしい。聖女ヘデラの与えてくれる慈悲が欲しい。この世界は辛い。いいこともあるが辛いんだ。慣れたとはいえ死ぬのは当然辛い。何かを殺すのも辛い。敵とはいえ呪われた鎧を着ただけの人間を殺すのも本当は辛い。


 まだ俺に残された人間としての感情はそう訴え続けていた。おそらく目の前の優しい聖女の祈りの言葉に感化されたのだろう。考えないようにしていた自分の人殺しの罪について俺は嘆いていた。



 ああ、救われたいな。俺はフラフラとフラフラと聖女ヘデラの方に歩き続けていた。ふと気づけば人々も俺と同様に聖女ヘデラのいる所を目指しフラフラと歩いている。先を争って救いを求めるかのようにフラフラと救いを求めて聖女ヘデラの元へと皆が皆行こうとしていた。



 不意に・・・誰かに肩を強く掴まれた。



 誰だ?邪魔をするな!俺は今から救ってもらうんだ!この罪深い俺をあの優しい聖女様に救って貰うんだ!



 そう思い怒りを込めながら振り返った。




・・・・・・・・・・




 カーネルがいた。


 無言で俺を心配そうな顔で見つめながら何かを堪えるようにしながら俺の肩を決して離さないと掴んで抑えるカーネルがいた。



 そこで俺は・・・少しだけ正気を取り戻した。



 「・・・どうして止めた?」


 「ダメ」



 「だめ?何がだ?」


 「セイジョ キケン ダメ」



 ゾッとした。気づけば周囲の街の人間は皆が皆操られたかのようにフラフラとフラフラと聖女ヘデラの元へと歩き続けていた。怪我をしていない人間も怪我をしている人間も広場に集まった人間は皆が皆救いを求めるかのように聖女ヘデラの側に少しでも近づこうとするかのようにフラフラと歩いていた。



 まるで、誘蛾灯に誘われた虫のように・・・あるいは前世で聞いたことのあるハーメルンの笛吹き男にでも誘われたかのように人々は聖女ヘデラの元へと集まり続けていた。



 ふと、音が聞こえた。何かを引き摺るかのような音だ。俺は音はどこからなっているのだろうと思い思わず振り返った。




 テッドがいた。四肢を切断こそされてはいないものの手脚の腱を切断されてまともに動けるはずもないテッドが必死な表情でまるで芋虫かのように地面を這いつくばって聖女ヘデラの元へと移動しようとしていた。



 明らかに普通ではない。おかしい。ろくに一歩も動けずに抱きかかえられていたテッドがなぜこんなにまでして聖女ヘデラの元に行こうとする? 



 アリシアとヨナはテッドを置いて何してるんだ!?俺は二人の姿を探した。見つけた。



 二人は・・・聖女ヘデラの側で跪き聖女ヘデラを見つめていた。まるで救われたかのように幸せそうな顔で聖女ヘデラを見つめていた。



 ゾッとした。俺は慌てて二人を聖女ヘデラから引き離しに行った。聖女ヘデラから離そうとすると暴れたが、無理やり引き離した。




・・・・・・・・・・




 俺は二人を連れてカーネルの側に戻っていた。二人をカーネルに託した後、テッドも回収した。放っておけば何か不味いことになる。そんな予感がしてならなかった。



 見ると・・・ヨナとアリシアの声掛けを無視して集まらなかった人々も家から出てきたのだろう。最初は五千人程度だった人数が増えていた。倍以上に増えていた。



 脚を引き摺る人がいた。明らかに折れている脚を引き摺る人がいた。


 地面を両腕だけで這いずり回っている人がいた。


 テッドと同じく両手両足の腱を切られたのであろう人がいた。不自然な動き方をしていた。地面を芋虫のように必死に這いずって聖女ヘデラの元へと移動しようとしていた。



 そして、両手両足を切断されて四肢を失った男もいた。同じく・・・聖女ヘデラの元に地面を這いずり回って移動しようとしていた。



 怖い。怖い。何が起きている?何が起きているんだ。ひょっとして街の人々は全て集まっているんじゃないのか?あの牢屋の中にいた人間さえも集まっている。明らかに異常な事態が今起きていた。



 声が聞こえた。慈悲深き聖女ヘデラの声が聞こえた。



 「では、救ってさしあげますね。ああ、どうか幸せになってください」



 どこまでも慈悲深い声だった。そこには善意しか感じなかった。その声を発した瞬間、聖女ヘデラの外側ニ枚の街全体を覆っていた翼の色が変わった。



 純白の美しい白い翼は・・・一瞬でドス黒いピンク色の翼に変わっていた。



 違う。翼じゃない。あれは翼じゃない。今気づいた。あれは触手だ。極めて細い糸のような触手の集合体だ。触手を編み上げてまるで翼のような形にしていただけだ。



 よく見ると触手の先にはまるで口のような小さな穴が開いていた。そしてその口はパクパクと動いていた。耳を澄ますと・・・音が聞こえた。



 まるで・・・女性がクスクスと笑うかのような音だ。触手の開け閉めする開閉音はまるで女性が上品にクスクスと笑うかのような音を発していた。



 気づけば街全体からクスクスと笑う音が聞こえていた。



 ゾッとした。俺の隣に聖女ヘデラが座っていたときにクスクスと笑い声が聞こえていたが・・・聖女ヘデラは一切笑っていなかったのだ。



 あれは・・・俺を餌として食べようとしている触手の開閉音だった。気づいた瞬間おぞましさに震えた。ただひたすら怖かった。本当に怖かった。


 

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