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8話 良船


 ヨナの表情は弱々しかった。


 元々四肢を切断されたあの件については大して恨んではいない。確かにショックは受けたが・・・俺は死ぬことに慣れすぎた。城で百回以上死んだ。俺が何を失って何を得たのかはもうわからない。


 詩音やリサは今の俺を見て果たしてどう思うだろうか。全くの別人だとまでは思わないだろうが・・・違和感は感じるだろうな。


 ここに来てからまだ10日も経っていないが、そのままでいるには色々なことを経験しすぎた。もうこれについては割り切るしかないだろう。


 人は変化する生き物だ。仕方ない。いつかは変わる。だが、本当に大切なものだけ変わらずに残れば・・・それでいいだろう。そう思う。


 さて、謝罪は受け取った。これで貸し借りなしと言いたいが、借りだけ残ってる。ちゃんと返さんとな。とりあえずまともに対応するか。



 「俺も今まで色々後悔してきたよ。酷いこともした。だから、ちゃんと謝ってくれたなら恨まないよ。元々・・・吸血鬼の俺には四肢を切断されるくらい大した話じゃないしな」


 本当はあのときはまだ吸血鬼モドキだった。だがそれはヨナは知らない。こういった方が気持ちは楽になるだろう。


 「ありがとう」



 「俺も・・・一週間も色々としてしまってすまなかった。借りは返すよ。安全な場所への移動もだが・・・テッドの怪我の件も考えないとな。今はどんな状態なんだ?その・・・手立てがある訳ではないんだが、ここまで関わってしまったし気になるんだよ」



 「優しいね。抱かれた甲斐があったよ」



 「・・・そういうのは困る。知っての通り別に慣れてた訳じゃないんだ。からかわないでくれ」


 「別にからかってはいないよ」



 「そうか。テッドには会えるか?」


 「すまない。泣き疲れて寝ている。出来れば起こしたくはないんだ」



 「・・・そうか」


 「・・・うん」



 「手立ては・・・探すよ」


 「ありがとう」



 ヨナは少しだが微笑んでいた。心配事が多いのだろう。ぎこちなくはあったが・・・確かに笑顔だった。


 少しは信用されたのだろうか?最初は仮面をつけたかのように表情を作っていたからな。


 悪くない。今の表情の方が悪くない。打算での付き合いだが気心が知れている方がお互いにいいだろう。



 「お腹は空いてないかい?」


 「そういえば食べてないな」



 「作るよ。その・・・無事に帰って来てくれてこれでも嬉しいんだ。私も・・・アリシアもね」


 「ああ、ありがとう。出迎えてくれて嬉しかったよ」



 「そっか。じゃ、準備するから。楽しみにしてて」


 「ああ、楽しみにしてるよ」




・・・・・・・・・・




 テーブルの上には色々な料理が載せられていた。実に美味しそうだ。食材の出どころを考えると少し嫌だが、作ってくれたのが美人姉妹だからな。


 良い。極めて良い。しかもある程度は気心のしれている上に肉体関係を持ったこともある美人姉妹。これで料理を不味く感じるはずはない。さて、頂くとしよう。



 うん、美味しい。酸味の効いたドレッシングが美味しいな。サラダによく合っている。実にうまい。


 うん、美味しい。レモンのような味がする。柑橘系のスープだな。少しだけ肉も入ってるがあっさりとしていて美味しい。


 うん、美味しい。何かの鶏肉を蒸したものかな?柑橘系のソースでさっぱりしている。



 ふと、なにか奇妙な共通点があるような気がした。いや、気のせいだろう。さて、果実水でも飲むか。


 うん、酸っぱい果汁が仄かに香っていい味だ。口内がすっきりするな。



 酸っぱい?いや、単なる偶然だろう。




 「なんだか急に酸っぱいものが食べたくなってさ。柑橘系でまとめてみたよ。味はどうだい?」


 「オイシイよ。うん、オイシイ」


 なんだか迂闊にスルーするには危険な単語を聞いた気がする。酸っぱいものかあ・・・うん、そういうときってあるよな。


 「ヨナ姉さんもですか?私も実は何だか急に酸っぱいものが食べたくなって・・・美味しい。普段は別に食べないし嫌いなのに・・・うん、美味しい」


 アリシアが家族相手だからだろう。スラスラと喋っている。俺相手の時は吃りながらなんだがな。


 さて、アリシアも酸っぱいものが急に食べたくなったと。しかも普段は酸っぱいものは好きじゃないと。つまり味覚の変化があったんですね。



 ・・・偶然かなあ。偶然だよね。



 「私もあまりこういった料理はそんなに食べないんだけどね。何だか急に作りたくなってさ。うん、美味しいね」


 どうやらヨナも普段は食べないらしい。おや?おやおや。これは・・・


 

 俺は見てしまった。アリシアが・・・自分のお腹を何だか愛しそうに優しく撫で擦るのを見てしまった。まるで何か中に入っているかのように。何か大切な生命がそこにあるかのように。


 そんな優しい表情で撫で擦っていた。



 どこか遠くで大きな船が海の上を優雅にゆっくりと走る光景がなぜか俺の脳内に浮かんだ。理由はさっぱりわからないが何故か浮かんだ。


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