5話 謝罪
ドライと名乗った吸血鬼は涙を流し続けていた。ポロポロとポロポロと何かを後悔するように泣き続けていた。その涙は・・・嘘に見えなかった。本心からの涙に見えた。
「君はもう・・・吸血鬼だったな。そして甦りの能力か・・・最悪だ。最悪の組み合わせだ。想像するだにおぞましい。最悪だ。本当に最悪だ。ああ、私は・・・あのドライは・・・なんてことをしてしまったんだ。酷い・・・あまりにも酷い。知らなかったにしても酷い。もう取り返しが付かない。どうすればいい?どうすれば君を救える?わからないよ。私にはわからないよ。もう君は・・・助からない。おそらくもう終わっている。本当にすまない。すまない。すまない」
吸血鬼は俺を見ながらポロポロと涙を流していた。
そして、いつしか謝罪を繰り返しながら俺の前に座り綺麗な土下座をしていた。
「こんなことで君にしたことを謝れるとは思っていない。だが、私のせめてものお詫びだ。本心からのお詫びだ。君は私を殺したいと・・・言っていたな」
土下座をしていた吸血鬼はそう言って顔を上げた。そして自らの手で胸を斬り裂き・・・胸の中にある心臓をブチブチと引きちぎるかのように俺に差し出した。
「詫びだ。せめてものお詫びだよ。さあ、槍で穿きたまえ。これなら刺さるだろう。抵抗はしないよ・・・すまなかったね」
なんだ。なんだ。なんだ。どういうことだ?どういうことだ?どういうことだ?殺すチャンスなのはわかる。この化け物吸血鬼を殺すチャンスなのはわかる。
だが、どういうことだ。どういうことだ。何故こんなことになる?何故こんなことになる?俺は能力を明かしただけだ。こいつは何を考えて俺にこんな心臓を差し出すような詫びをしてきた?なんでだ?一体何だ?
気にせず殺すか?単なる頭のおかしい吸血鬼の可能性もある。心臓を自ら差し出すなんて明らかにおかしい。やはり頭がおかしいだけじゃないか?いや・・・目をそらすな。
何か不味い事態が起きている。俺はそれを把握する必要がある。何が起きているのか把握しなければ俺は問題に対処すらできない。なんだ?いったいなんだ?
「なあ、お詫び・・・なんだよな?とりあえずその心臓仕舞えよ」
「ああ、心からのお詫びだとも。本当にすまない。謝っても何も償えない。久々に死にたい気分だよ。本体の魔王ドライ様も君に謝りたいと言っている。『心から悔いている。君の血を吸ったことを悔いている』と」
吸血鬼は話しながらゆっくりと胸の中に心臓を戻した。傷口は一瞬で消えた。
「へえ、本体の人も謝りたいって・・・ハハハ」
「ああ、本心から謝っているよ。私達は繋がっているからね。それぞれ個性はあるけど、心や記憶は繋がっている。お互いに嘘はつけないんだ。間違いない。魔王ドライ様は君に本心から謝りたいと思っているよ」
「なぜだ?なぜそんなに俺に謝りたい?」
「酷いことをしてしまったからだ。君に酷いことをした。とてもとても・・・想像だにできない酷いことをしてしまった」
「詳しく教えてくれないか?なぜだ?なぜそんなに?酷いことってなんだよ?吸血鬼が血を吸うなんて普通のことだろ?当たり前にお前らは血を吸ってるじゃないか?なんで俺にだけそんなに謝るんだ!?」
「言えない。言えばおそらく・・・君を不幸にする。おそらく知らないほうがまだ助かる可能性が高い。だから言わない・・・帰りなさい。私達吸血鬼とはもう関わるな。明日からはできるだけ普通の人間のように生きなさい。静かに・・・目立たないように・・・普通の生活をするんだ。いいね、絶対に目立っちゃいけない。変わったことをするな。出来れば結婚もするな。子供も作るな。最低限の幸せ以外は求めてはいけない。家族がいるならば家族は早めに捨てろ。縁を切れ。いいか、できるだけ一人になれ。大切なものは一切作るな。孤独になれろ。目立たないように静かに生きるんだ。わかったね?」
「・・・何を・・・言ってるんだ?」
「アドバイスだよ。君がこれから生きていくためのアドバイスを言っている」
「ハハハ、理由・・・言ってくれないかな?」
「言えない。帰りなさい」
「無理だ。俺は・・・アンタを殺すともう誓ってしまった。俺が魂を吸った相手との約束なんだ。違えられない。この約束だけは違えられない。少なくとも俺はあんたを何が何でも殺さないといけない」
「わかった。私を殺したら帰りなさい。さあ」
ドライと名乗った吸血鬼は心臓を差し出していた。嘘には感じない。俺が槍を突き刺しても抵抗はしないだろう。目の前の吸血鬼から不思議な誠意を感じた。
「知るまで帰れるかよ。理由を言え」
「言えない。言わない」
口が堅い。こいつに口を開かせる方法はないのか。何か無いのか。ああ、そうだ。
「なあ、あんた。賭けをしないか?」
「賭け?」
「俺たちがあんたを倒したら大人しく理由を洗いざらい話してくれ。俺たちが負けて途中で諦めたら大人しく話を聞くことを諦めるよ。どうだ?あんたは強い。悪い賭けじゃないだろう?それにお詫びをしたいと言うならば・・・それくらい聞いてくれてもいいだろう?」
悩んでいた。目の前の吸血鬼は悩んでいた。しばらく沈黙が続いた・・・そして口を開いた。
「・・・わかったよ。私は全身全霊で君の心を折るとしよう。もう二度と吸血鬼と・・・私と関わりたいと思わないように。君の心を折るよ」
「そうこないとな。約束だ。これは神聖な約束だ。違えるなよ?」
「違えない。私は決してこの約束は違えないと誓おう。だが・・・神聖なという表現はよしてくれないか?」
「どうしてだ?」
「大っ嫌いだからだよ」
「・・・なにがだ?」
「決まっている・・・神だよ」




