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4話 問答


 吸血鬼は聖女を俺に投げ渡した。聖女には一切手を触れずにクイッと俺の方を向いて投げ渡すような動きをした。


 俺は飛んできた聖女を両手で受け止めた。


 

 ・・・軽い、そして酷い。生きているのか?燃やされて水分が飛んでカラカラになったのだろうか、俺の腕の中の聖女は酷く軽かった。


 四肢を失っているのもあるだろうが・・・酷いな。これでは手当をしないと今にも死んでしまうだろう。既に死んでいても何もおかしくない。そんな状態だ。


 

 気付けば側にカーネルがいた。カーネルは左手にステッキを構え、聖女に向けていた。ピンク色の優しい光だった。光は聖女の身体にまとわりつき・・・少しずつ少しずつ傷ついた身体を回復していった。


 「オウキュウ テアテ」


 「ああ、これでとりあえずは無事か」


 目の前には吸血鬼がいる。あっさりと助けに来た目的の聖女を返してはくれたが、俺達を逃がすとは一言も言っていない。それに、こいつは俺の殺す予定の相手だ。今は勝てないがスキがあるなら殺せるか試そう。


 なんせ俺には死に戻りがある。一回で殺す必要はない。何度も試そう。何度も試そう。何か弱点がないか。どんな性格をしているか。どんな行動パターンをしているか。少しずつ少しずつ調べるんだ。


 時間は無限にある。確率は低くとも心臓を穿けば吸血鬼は殺せる。そのはずだ。威力が足りないならば死ねばいい。死ねば死ぬほどその絶望が俺を強くする。


 あまり死に慣れすぎても不味いけどな、慣れては絶望が薄まる。


 必要なのは死ではない。あくまで俺の中の負の感情だ。それが高まるほど高まるほど俺は強くなる。


 絶望、怒り、悲しみ、嫌悪、今でははっきりと確信したが何かの出来事があり負の感情を抱くたびに俺は強くなっていた。


 死の絶望ほどわかりやすいパワーアップではないが、俺の抱く負の感情が俺を少しずつ強くしていた。



 俺があれほど悩み苦しんだことは無駄ではなかったのだ。


 悪くない。俺の苦悩が力になるのなら悩むことも悪くない。まあ、出来れば悩みたくないけどな。


 さて、いつかは殺せるだろう。だが、今は無理だ。冷静に観察しよう。



 「うん、何か考えてるね?」


 吸血鬼が話しかけてきた。


 「ああ、あんたは強いからな。どうやって倒そうか考えてたんだよ」



 「ほう・・・逃げないのかい?目的は果たした筈だよ?今ならば追わんよ。私は君たちに満足した。別に・・・無理にわざわざ殺そうとは思わない。帰りたいなら帰ればいい。今はそんな気分だ」


 余裕かましてるな。こっちを完全に舐めてやがる。



 「随分と寛大なんだな。俺たちを殺したくないのか?」



 「特に殺したいとは思ってないね」




 「ハッ、あれだけ殺しておいてか?よく言えたもんだ」



 「ああ、街のことかい?あれは仕事だよ。私は本来穏やかな性格だ。心から世界平和を祈っている平和主義者だよ」



 「・・・・・・」



 「だが、そうだね。それと同時に私は極悪非道の吸血鬼でもある。血も涙もない吸血鬼でもある。ああ、そうだね。そういえば私は極悪人だったよ。人ではないから・・・極悪鬼?語呂が悪いな」



 「俺はあんたを殺しに来たんだ。あの街にいたある男とな、約束したんだよ。何があってもお前を殺すってな。だからあんたが実はいいやつだろうと悪いやつだろうと必ず殺すよ」



 「いいことだ。いいことだね。約束を守るのはいいことだ。私も約束を守ることを心がけている。なんせ他者との約束を守らずにただ血を吸うだけの存在になってしまっては・・・ただの獣だからね。それは嫌なんだよ。だから私は君との約束も守ろう。今なら追わない。そのおぞましい女の治療もあるだろう。早く帰りなさい。これでも私は優しいんだよ」



 「・・・・・・」


 吸血鬼は隙だらけだ。会話に夢中になっていてこちらを警戒するような様子は一切ない。それだけ実力差に自信があるのだろう。まあいい。とりあえず殺そう。殺すか殺されるかしよう。


 殺されないと実力差はわからない。考える前に殺れ。それが一番だ。



 俺は槍を振るっていた。吸血鬼との距離を縮め槍を振るっていた。吸血鬼は避けなかった。一切回避も防御もしなかった。



 槍は吸血鬼に刺さらなかった。それどころか服すら貫けなかった。


 「・・・・・・嘘だろ」


 俺は槍を振るい続けた。刺さらない。刺さらない。刺さらない。刺さらない。刺さらない。刺さらない。刺さらない。刺さらない。刺さらない。



 「・・・・・・マジか」



 「納得はいったかね?」


 力の差があるとは思っていたが・・・掠り傷すらつけれないのか。どんだけ差があるんだ。


 

 「しかしいいことだよ。嫌いじゃない。むしろ好きだ。勝てない相手とわかっても立ち向かう。素晴らしいな。君が好きだよ。素晴らしいな、カーネルと同じだ。尊敬するよ」 



 「・・・・・・」



 「そういえば答えを聞いてなかったね?あのとき聞いた質問の答えだ。君は何かに怯えるように震えて沈黙していたね。何故だい?私の質問の何にそんなに怯える要素があったんだい?少し気になるよ。何かの能力があるのはわかっている。大体推測はついた。君は一週間前の君と比べて明らかに強くなっている。普通の成長速度ではありえない。何か短期間で強くなれる秘密があるね。それはどんなものだい?」



 「・・・それを知ってどうするんだ?」



 「純粋な興味だよ。答えてくれないか?これでもね、人との会話は好きなんだ。人は一人では生きていけないからね。誰かとこうして話すのは好きなんだよ。そのうち殺し合う関係でも会話くらいしたって別にいいじゃないか。それにね、私と会話することで何か弱点を見つけれるかもしれない。そう思っているから君も会話に応じているんじゃないのかい?」



 図星だ。俺はさっきから何かないか観察し続けている。さっぱりわからん。どうすれば殺せるんだろうこいつ。槍が刺さらないのは予想外だった。あと何回死ねばいいんだ?千回か?万回か?そこまで俺は持つだろうか。果たして俺は持つだろうか。



 「弱点を教えてくれるなら教えてやるよ」


 俺はあることを考えていた。


 それは自分の能力をこいつにバラすことだった。かつてあのロマは俺が死ねないと言ったら狂ったように俺に求愛してきた。


 そして目の前のこいつは・・・俺にあのロマと全く同じ質問をしてきた。偶然の一致とは思えない。単なる偶然の一致とは思えない。何かある。何かあるはずだ。あのロマとこの吸血鬼の共通点はなんだ?一体何がある?



 「ほう、ありがたいね。君が本当に正直に能力を教えてくれるなら私も素直に答えるとしよう。嘘だと感じたなら教えない。あるいは私も嘘をつく。これでもね、他人が嘘をついているか本当のことを言っているか判断するのは得意なんだ。なんせ長生きだからね」



 だろうな。あのロマもそうだった。俺の首の僅かな動きだけで悟りやがった。目すら見えていないのにだ。


 「実はな。俺は死ねば甦るんだよ。何回死んでも少し前に遡って甦るんだ。だからな、同じ相手と何回も戦うことで経験を積めるんだ。あの騎士を倒せたのはそういう理由だ」



 「・・・嘘・・・じゃなさそうだね」



 「ああ、本当だよ」



 「そうか・・・そうなのか・・・」


 泣いていた。吸血鬼は泣いていた。ドライと名乗った吸血鬼は泣いていた。ポロポロと溢れる涙を拭いもせずに泣いていた。天を仰ぎ、どうしようもないほどに後悔しているかのように泣き続けていた。



 何故泣く?どこに泣く理由がある?わからない。わからない。わからない。



 だが、だが・・・嫌な予感がする。とても嫌な予感がする。果てしなく嫌な予感がする。



 どういうことだ?どういうことだ?どういうことだ?俺の能力は・・・目の前の吸血鬼がこんなに泣くほど不味い能力なのか?わからない。わからない。わからない。



 俺は考え続けていた。ただひたすら考え続けていた。目の前でポロポロと涙を流し続ける吸血鬼を凝視しながら考え続けていた。



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