11話 始末
「準備はできたか?」
俺は既に女装を済ませていた。いいのか悪いのかサイズはピッタリだった。ウィッグまでつけた俺はますます女っぽく見えた。ガーターベルトのつけ方を初めて知った。そして、初めて履いたハイヒールは歩きづらかった。
「ああ、あとは身分証を処分することと遺書を郵送するだけか」
俺たちは話し合いの末、家族に吸血鬼の魔の手が届かないように対策を取ることを決めていた。
ずれたガーターベルトの裾をあげながら俺はそう話していた。
「そうだな。ヤツにはオレたちのいる場所がバレているらしいからな・・・ホテルは偽名で借りている。そこから家族の元に足がつく心配はない」
浩平は最初から対策を打っていたようだ。さすがだ。ちなみに同じ大学のテニスサークルの部長の名前を勝手に使ったらしい。女にもてて嫌いだからこういう時に利用するには便利だと笑っていた。
「コインロッカーとかどこかに隠して置くことも考えたんだけどな。俺たちの移動ルートがバレているのならそこから発見される可能性は捨てきれない」
問題が家族の身に関わることだけに今は慎重な行動が必要だった。
「・・・遺書はちゃんとかけたか?」
少しだけ申し訳無さそうに浩平はそう俺に聞いてきた。
「ああ、書いた。普通に生きて普通に死ぬ若者が悩むような通り一遍の・・・言うならテンプレの内容だけどな、ちゃんと俺っぽい言葉にして家族向けに書いておいたよ。俺が死んだことに不自然さを感じて・・・万が一にも吸血鬼なんて存在に気付かれてしまったら困るからな」
「可能性は低いがオレたちの死に疑問を感じて調べた結果、吸血鬼に殺されたことを突き止めてしまってオレたちと同じようにアイツに遭遇したら・・・想像したくもない未来だな」
家族を巻き込みたくないのは浩平も同じ意見だったようだ。
「オレは一人暮らしだからポストに投函すればいいが、お前は実家暮らしだからな、郵便局に行くか」
「ああ、そうしよう。しばらく先の日付を指定して実家の俺宛に届くようにしておくよ・・・俺が戻らなければ何か手掛かりを求めて俺宛の郵便でも開けるはずだ。中に入っている遺書を見れば行方不明の俺が自分の意志で死んだとは推測するだろうし、行方不明者として家族が俺を捜索する手間をかけたりすることもなくなるだろう。俺が生きていたら自分で受け取って、破いてゴミ箱にでも捨てるさ」
・・・・・・・・・・
郵便局での処理は終わった。何故か不思議と局員にはジロジロと見られた。
俺は外で待っている浩平に声をかけた。
「これで準備は済んだよ」
「行くか」
後で気づいたが、俺は女装したまま普通に郵便局に行き、郵便局員に男言葉と男の声で話しかけていた。
例のホテルに向かう途中、ちょうどよい脇道があったのでそこで俺と浩平の身分証を地面に置いて、ホームセンターで買った火種と着火剤をぶちまけて火をつけた。
念入りに灰になるように・・・決して俺たちの家族に危険が及ばないように。
思っていたよりも勢いよく火が燃えていた。
きれいだな・・・現実逃避のようにただ火を見つめ続けながら、これからの戦いに想いを馳せていた。
俺が死んだら家族はそのことをどう思うだろう?そんなことを考えながら俺は遺書を書いていた。
遺書を書くのは初めてだった。
燃え盛る炎がきれいだった・・・火が燃え尽きるまでの少しの時間、俺は少しだけ現実逃避をしていた。




