勇者編⑥裏切り
私は毎日槍を振るっていた。毎週戦争にも参加していた。参加し続けるうちに私は少しずつ強くなるとともに少し変化を感じていた。
夢を見る回数が増えたのだ。
夢の内容は多種多様だった。一番見ることが多かったのは吸血鬼になってしまったお兄さんが馬鹿なことをしつつも頑張って生きている夢だった。わりとお兄さんは下品な人だった。頭よりも下半身で考えていることが多い駄目人間だった。実際にいたら早く死んだほうがいいかもしれない。そんなダメ人間だった。少なくともこんなのは彼氏にはしたくないな。私はコメディの映画を見るような気分でお兄さんの夢を見ていた。
ただ、どこかで見た気があるような気もするんだよな・・・このお兄さん。まあ、夢の映像は画質が荒いからぼやけてるんだけど。
見る夢は他にもあった。村が全滅して一人ぼっちになってしまった女の子の悲しい夢を見ることもあった。女の子は不思議とどこかシオンに似ていた。なんとなく雰囲気が似ていたのだ。
それ以外の夢もいっぱい見た。
そうだね、私は毎週金曜日に夜9時からやっている映画を見るような感覚で夢を見ていたよ。戦争が続きだんだんと心の荒んでいった私にとって夢は癒しだったんだ。所詮は夢だが楽しかったんだ。わりと下品な夢が多かったかな。影響を受けないように気をつけないと。私も一応女の子な訳だし。
はあ、もう少し育ちたい。せめてもう少しだけ。
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召喚されてから1年が経っていた。私の身体は丸みを帯びて少しだけ女らしく成長していた。髪も少し伸びた。
元の世界の生活は酷かった。シオンという大切な人ができた今では言える。私は虐待を受けていた。
虐待されていた私は栄養状態も悪く同年代と比較すれば背も小さいし痩せてガリガリだった。そりゃ、そんな状態の子供が召喚されたら・・・母性本能が強い女性なら優しくもするだろう。ある意味仲良くなれるキッカケになってラッキーだったのかもしれない。
少しだけ図太く成長した私はそんなことを考えていた。
私は髪の毛をシオンに結って貰うのが好きだった。たまに髪をいじってもらう所を王様に見られたりもしてシオンは気まずそうに身体を小さくしていた。
「ふむ?」
王様はそれだけ言ってその後は何も言わずに去っていった。
「仲の良いことだな。良いことだ」
無言でそう言われた気がした。戦争は相変わらず悲惨だったがある意味安定していて優しい時間が流れていた。
魔王軍さえいなければ・・・私は優しい時間を楽しみながらも魔王軍への殺意を日に日に高めていた。大切な存在が出来れば出来るほどそれを奪う可能性のある魔王軍への恐怖が強くなった。
殺意は恐怖の裏返しだった。殺したい。早く殺したい。必ず殺してやる。
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私はシオンとお出かけをしていた。お出かけと行っても遠出ではない。城や周囲の街をブラブラと散策したり何か買い物をしたり、その程度の話だ。
ブラブラとしている中で私は不思議なものを発見した。城の壁に何かの文字が刻印されていたのだ。
「MNB48?」
何だろう?まるでアイドルグループの名前みたいだなと思った私はシオンに質問していた。
「ねえ、シオン。これ何?MNB48って書いてるのなんだろ?」
「国名です」
「国名?」
「はい」
変わった名前だな。由来は何なのだろうか。私は気になって聞いてみた。
「名前の由来は?」
「・・・知りません」
一年間これだけ付き合いのある私にはなんとなくわかった。これは話したくないことがある時の顔だ。あるいは話せないことがある時の顔だ。しかしなんでだろう?国名に話せない由来なんてあるのか?無理やり聞き出す気も起きなかったし、私はとりあえずこの疑問は棚上げすることにした。
なお、後日王様に聞いたらあっさり教えてくれた。
「うむ、建国当時の国王の名前や称号などが由来だと聞いている。詳しくは話せん。国には色々あるのだよ」
「ありがとうございます」
王様に多少答えをぼかされたが国には秘密もあるだろう。仕方ないさ。私は納得をした。
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ある日のことだ。いつものように私はシオンと散策をしていた。戦争だけが能力に目覚める方法ではない。何か新しいものを見たり経験を積むのも大切なことなのだ。
不思議なものを見た。お墓というらしい。
元の世界にはこのようなものは存在しなかった。人が亡くなると遺体は土に埋める。大地の奥深くに眠る神様の元へと誘われ、いつかまた生まれ変われることを願おう。元の世界ではそういう考えが一般的だった。
ふうん、遺体を頑丈な石の棺の中に入れて蓋をしっかりとしてから更に覆うのか。
まるで亡くなった人が神様の元へ戻れないようにしているみたいだな。私はふとそう思った。多分元の世界でこんなことをしたらとんでもないことをしていると怒られるだろう。
だが、世界が違えば埋葬方法も変わる。ここではこれが普通なのだろう。
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夜中にふと目が覚めた。私は二度寝しようと思ったがいつも一緒に寝ているシオンがいないことに気づいた。
トイレにでも行っているのだろうか?何だか胸騒ぎがした私はシオンを探しに出かけた。さすがに寝間着のままは不味いので薄い上着を羽織ってシオンを探していた。念の為最低限の武器は持って。
中庭でシオンを見つけた。何だろう?シオンは美人だし実は誰かとこっそり逢引しているのだろうか?
嫌だな。シオンを取られたくない。私のお姉ちゃんを盗るな。私はシオンと逢引している馬の骨は誰だろうと思い中庭を見ていた。ちょっとだけ殺意も湧いた。
中庭には少し離れた場所にシオンのいる所に歩いてくる誰かの姿が見えた。
あのときに戦場で視線を交わした魔王軍の軍団長が背を向けたシオンに近づいてきていた。
寝ぼけていた意識が覚醒した。不味い!シオンはまだ気づいていない。気づいていたとしてもあの化け物相手では殺されてしまう。
不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い・・・不味い。
私はひたすら混乱した。どうにかしないとと気持ちだけは焦るものの手持ちには頼りないナイフしかない。そもそも完全装備でも勝てる相手ではない。どうしようか少しだけ途方に暮れた。
危険なときほど冷静さが必要だ。毎週戦争に出ていて一年になる私は少し深呼吸をすれば冷静になることができた。
落ち着いた。頭にある映像が浮かんだ。
それは眠りながら涙を流して誰かに赦しを請うシオンの姿だった。
「殺そう。相討ちでいい。それでいい」
私は静かに呟いていた。殺意の濃縮された昏い声だった。
私は静かに出来るだけ気配を殺し中庭にいる軍団長の背後に回った。チャンスは一度しかない。急所を外せば終わりだろう。そして急所を刺しても一瞬で死ぬような甘い敵ではない。私は確実に死ぬ。だがいい。
シオンが死ぬよりは確実にいい。シオンが生き延びるならそれでいい。
私は静かに昏く・・・ただひたすら昏い目で軍団長の背中を見ていた。昏く昏く殺意を昏く凝縮させた目で見ていた。少しずつ少しずつ近づきながら、殺すチャンスをただ待っていた。
軍団長が手を伸ばした。シオンの背中に向けてだ。よし殺そう。私は疾走した。音を立てずに疾走した。
軍団長は背を向けるシオンの肩を優しく叩いた。
止まれ!僕は静かに急停止した。なにかおかしい。
シオンと軍団長は静かに数分ほど何かを話していた。その後軍団長からシオンに封書が渡された。シオンは恭しく封書を受け取り、用は済んだとばかりに背中を向けてゆっくりと立ち去る軍団長の姿を見ていた。
・・・・・・え?




