勇者編④涙
その夜は怖くて中々眠れなかった。軍団長のおぞましい気配が忘れられなかった。怖かった。ただ、怖かった。相手がその気になれば一瞬で殺される気がした。僕だけならいい。どうせ大した価値はない。それはいい。
ただ、戦場に出る僕の側には常にシオンが護衛としてついていた。軍団長を見たときもいつものように一緒だった。おそらくシオンもあのとき怯えていたと思う。
僕はその夜、シオンに縋るように抱きついて寝た。死の恐怖と離せばシオンが殺されてしまうかもしれないという考えが頭から離れなかった。ただ怯えていた。
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最初は何かあった時に一緒に寝るくらいの頻度だったのだ。だが、気付けば僕は甘えていた。一週間に一回が五日に一回になり、三日に一回になり、気付けば毎日一緒に寝るようになっていた。
シオンは拒否をせず、ただ静かに受け入れてくれた。
毎晩一緒に寝ることで僕の精神状態は少しずつ安定していった。不思議なことで自分を守ってくれる誰かと一緒に寝るだけで不思議と気持ちよく寝ることができた。
そして、初めてシオンが泣く姿を見た。
いつものように一緒に寝ていた時のことだ。不意に僕は夜目が覚めた。一瞬不安になったがちゃんと目の前にシオンはいた。安心した。そして顔を見た。
シオンの目からは涙が流れていた。
夢でも見ているのだろうか。小さく何か寝言のようなものを呟いていた。思わず耳を済ませて聞いていた。聞いてしまった。
「ごめんなさい・・・あなたを守れなかった」
僕は何もできなかった。何かしてあげたかった。シオンは僕が知らないだけできっと大切な何かを失っていた。僕は寝ながら涙を流すシオンに強く抱きついた。
抱きつくことで少しでもシオンの心が安らぐように、強く強く抱きついていた。
シオンの涙はずっと流れていた。
「ごめんなさい」
誰かに赦しを請う声がずっと響いていた。
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僕はさらに積極的に戦争に参加するようになった。槍の訓練の時間も増えた。
そして王様との交流も増えた。
力だけでは足りない。力は少しずつしか増えない。知識が必要だった。敵の弱点は?強くなる方法は?何か裏技はないのか?魔王軍を滅ぼせる方法はないのか?おそらくシオンを泣かせる原因は魔王軍だ。
殺意が止まらなかった。1秒でも早く魔王軍を殺し尽くしたかった。
僕は知恵を求め、王様の時間が許す限り王様と話をしていた。気付けば王様とも少し仲良くなっていた。
王様はいつも難しい顔をしていた。責任が重いのだろう。大変だなと思う。
忙しい中、王様は僕のワガママを出来る限り聞いてくれた。訓練、武器、作戦、軍事に関することはもとより、雑談していた時に元の世界にあった食べ物の話をしたら次の日にはそのご飯が出てきたりした。
まあ、大抵は似てるような似てないようなほぼ違う料理だったが。
口だけでの説明は難しい。完成品を見たことも食べたこともないのだから。推測で作るとそうなるのだろう。
気付けば僕はシオンの次に王様と一緒にいるのが好きになっていった。
岩のように頑健で表情も動かなかったからまるで岩みたいだなと初対面では思っていた。そして、そのイメージは付き合いが続いても同じだった。
犬とか猫は急に動くものが苦手だと言うが、玉座に座ってほぼ動かない王様はなんだか安心感があった。ここにいても大丈夫といった安定感、そんな感じがした。
僕が魔王軍への殺意を募らせていて余裕がなくとも王様はいつも同じだった。おそらく僕の焦っている内心なんかお見通しだっただろう。
王様は極力僕のわがままを聞いてくれた。僕の負担が大きくなり過ぎないように、でも希望はできる限り叶うように。あとから気づいたが、そんな調整をしてくれていたのだろう。
王様は何も言わなかったが、影でこっそりと手助けをしてくれていた。
少しだけお祖父ちゃんみたいな気がした。
とはいえ、王様はなんだかんだ言って厳しい。戦争に参加を表明したら厳しい命令を何度も下された。そして命令を受諾したのなら、その後は撤回は許さないと言われた。
人の命がかかっている。命令を最初から聞かないのなら好きにすれば良い。元々異世界から来たそなたには関係のない戦いだ。
だが、己の意志で関わるのなら中途半端は許さない。そう、厳しい目で言われた。
これは毎回戦争に参加する前の王様と僕とで行われる儀式だった。常に王様は僕に参戦を拒否することを認めてくれていた。
王様と僕はそんな関係だった。




