勇者編③気分転換
「街に買い物に行きましょう」
「う、うん」
あれ以来僕はシオンに何かを誘われることが多くなった。二人でゆっくりと散歩をしたり、一緒に紅茶を飲んだり、おやつを食べたり・・・お昼寝を一緒にしたりもした。
ふとした時に僕の顔を見つめているのだ。多分、僕が無理をしていないか確認しているのだろう。何だかこそばゆい感覚だった。
そして今は街に遊びに行こうと誘われていた。シオンは決して戦争や訓練には誘わなかった。むしろ遠ざけるように遠ざけるようにしていた。僕は勇者なのになぜだろうね。
「意外と広いね」
「ええ」
街は戦場が行われている逆側に広がっていた。城がある方が魔王軍との戦争の最前線。城は街を保護するかのように一番前にあった。
「なんで王様のいる城が一番前にあるの?普通は逆じゃない?」
王様がいなくなれば国が成り立たなくなるだろう。本当なら一番後ろにいるべきだと疑問に思った。
「・・・私達は罪人なのです」
小さな声だった。そして酷く暗い声だった。僕は怖くて聞き返せなかった。僕はシオンのそんな声を聞きたくなくて少しでも元気になってほしくて・・・でも、何もできなかった。
勇者になった僕は自分にとってお母さんみたいに大切な人すら救えなかった。
僕は相変わらず無価値だった。何の役にも立たない存在だった。
・・・・・・・・・・・
「屋台でご飯を買いましょうか」
「うん」
幸い少し経つとシオンは元の雰囲気に戻っていた。普段通りの暗い顔だった。普段通りだけど・・・なんだか僕は不満を覚えた。
少しくらい笑った顔が見たかった。
「美味しいね」
「ええ」
パンに何かの肉と野菜を挟んで何かのソースをかけたサンドイッチのようなものが売っていた。
酸味の聞いたソースが肉にも野菜にもよくあった。意外と美味しく感じた。シオンも嫌いではないのだろう。ゆっくりとだが完食していた。
食後、僕達は特に何も喋らずに空を一緒に見ていた。居心地は悪くない。悪くないけど、何かシオンと話したかった。
僕はシオンにあれこれ質問をしたり、逆に僕の話をしていた。シオンは僕の拙い話をいつもの落ち着いた雰囲気でゆっくりと優しく聞いてくれた。
「そういえばさ」
「はい」
「野菜とかお肉ってどこで作ってるの?」
「・・・離れた場所で作られたものが運ばれて来るのです」
なるほど。まあ、普通のことだな。戦場近くには畑や牧場は作らずに少し距離を置いた場所で作っているのだろう。
「シオンはお休みの日は普段はどんなことしてるの?」
「なんでしょうね」
「・・・ごめん。話しづらかった?」
「そうではないのです。休みが嫌いなのです。だから、あまり」
そういえばシオンとは毎日顔を合わせていた。仕事熱心なのだろうか。
「お仕事好きなの?」
「・・・わかりません。きっと・・・私も何かをしている方が楽なのです。嫌なことを考えてしまいますから」
この世界の現実は非情だ。絶望の世界と言ってもいいくらいだ。納得の行く話だった。
「ごめん、シオンも色々悩んでいるんだね」
「よくわかりません。きっと・・・難しいですね」
辛くてたまらない。辛くてたまらないけど本人はそのことに気づいていない。そんな顔だった。
ああ、やっぱり僕は無力だった。強くなりたかった。僕を優しく見守ってくれているシオンを守れる力が欲しかった。
・・・・・・・・・・
あれから僕は前よりも積極的に戦場で戦っていた。ゴブリンを殺した。何百匹も殺した。ひょっとしたら千匹殺したかもしれない。
そうしてだ。そうしてようやくだ。僕は兵士と力を合わせてトロールを殺すことに成功していた。
僕は少しずつ強くなっていた。早くもっと強くなりたかった。
・・・・・・・・・・
そう思いながらトロールの死体を眺めていたら、他の兵士たちのざわめく声が聞こえた。なんだろう?何かあったのだろうか?
気になった僕は兵士たちがざわめいている方に移動して様子を見た。
女がいた。魔王軍の陣地からゆっくりと歩いて近づいてきている女がいた。遠目だが姿は見えた。
一見人間に見えなくもない。綺麗な女性の姿をしていた。兵士たちの軍団長だと言う声が聞こえた。
あれが・・・?一瞬目があった。軍団長はこちらを観察するような目で見た後、特に何かをすることもなく陣地に帰って行った。
勇者である僕を観察しにきたのだろうか?僕は気付けば全身にびっしょりと汗をかいていた。
まだ勝てる気は全くしない相手だった。こちらを観察する軍団長からはおぞましい化け物の気配がした。




