◆転生は時間との勝負。素直さは……勢い◆
いつも通り思い付きです。
生暖かい目でお付き合い下さい((uωu*)
三日三晩に渡る死闘の末、空が見えるほど崩れた古城の王の間で、今また約束された別れが訪れようとしていた。
「貴男、また死ぬの?」
「はは……どうやら、そうらしい」
元は真っ白だったローブは血と埃で薄汚れ、もう大聖堂から授かった聖なる輝きなど放っていない。満身創痍な私の膝の上に乗った黒い獅子の頭を持つ男は、この世界の悪の根元だった。
「そう。また先に死ぬのね」
「俺が死んだら……怒るか?」
「怒りはしないけれど、呆れはするでしょうね、間違いなく」
「一通り呆れたら……その、後は……?」
「呆れたまま後を追うわ。生まれ変わって一緒になるという約束だもの」
その約束も、この三百年ほどですっかり習慣のようなものになってしまってはいるけれど。私は彼の胸が上下しなくなったら、前回は毒をあおって死んでみたので、今回は自らの胸に短剣を突き立てて死ぬつもりだ。
私達がこうなったのは、最初の生まれのせいである。
彼は勇者で私は聖女。将来を約束しあった幼馴染みだった。三百年前に魔王の討伐に向かい討ち果たした直後、魔王が最後に放った呪いを受けた。
彼はその場で死に至り、将来を約束した恋人に死なれたショックも癒えないままに母国に魔王討伐の成功を報告に行けば、王家によって第一王子と結婚させられそうになって。
つい彼の死は何だったのかと失意のうちに自害したらこの様だもの。頭にくるわ。でもたとえ使い回しでも、死に方の種類くらいは毎回被らないように気を付けている。
時々出逢えないことがあったり、間に合わずに老いて死の間際に再会することはあっても、生まれ変わる回数と記憶だけが、私と彼を繋ぐものだから。
「く、ははっ……今回は、聖女が、魔王の後を追って、死ぬのか……」
「貴男がいつもおかしなものに生まれ変わるからではないの」
「違い、ない、なぁ……」
そう言った直後、ゴボッと大量の血の泡が喉の奥から溢れ出て、それきり彼の呼吸が止まる。
「ねぇ……貴男、もう死んだの? せっかく心優しい乙女を演じて、最後の力を振り絞って勇者達を王都に飛ばす茶番までしたのよ。そこまでして二人きりになれたのに、ちょっと我慢が足りないのではなくて?」
大きな穴の開いた胸に頬を押し付けて文句を言うのに、膝の上に頭を置いた彼は身動ぎ一つしない。
「……馬鹿ね」
頬を濡らす温かいものは、きっと彼から溢れる血のせいだ。
「……愛しているわ。また逢いましょう」
もう人間の頃の顔なんて思い出せないその唇に自らの唇を重ねた私は、そのままの姿勢で自身の胸へと短剣を沈める。仄暗い幸せと灼けつくような痛みを感じながら、私はゆっくりと生を終えた。
――という記憶を持ったまま、五十年後。
もうすっかり慣れた転生と、物心ついてからの前世の記憶発露を体験後、お互いが引かれ合うまま大急ぎで行動に移った結果、今世はかなり若いうちに再会することに成功したのだけれど――。
「貴男……たまには素直に普通の人型に生まれ変われないの?」
「まー俺もそう思うが、神様の気まぐれなんだろ。今回はどっちも人に忌避される見た目で釣り合いが取れてるじゃねぇか。今度こそ最後まで添い遂げられるぞ」
「それって私がその姿の貴男に愛情を感じられればの話でしょう? 第一魔力がずば抜けて高くていつもちゃんと人型に転生する私と、戦闘力に極振りでいつも亜人型に転生する貴男を一緒にしないで頂戴」
呆れたふりを装って居丈高に振る舞ってはみたけれど、彼の言葉通り今世は私も多少人から忌避される見た目になっていた。私から言えば彼はいつも通りそれに輪をかけているけれど。
何故なら今世の彼は、二足歩行をする二メートル以上はありそうな立派な狼の獣人で。私は白い髪に赤い瞳と膨大な魔力を持つ魔女だったからだ。お互い口にはしないけれど、ここに来るまで相当追手をまいたり仕留めたと思う。誰が国に張る結界の核になんてなるか。滅びろクズ共。
「何でだ……モフモフだぞ。喜べよ」
何でって……どこからその自信がくるのか分からないけれど、こうしてまた軽口が叩き合えるのはとても嬉しい。やっと今世も出逢えたのだから、今度こそ素直に言わないと。
「今度はお前より長生きするか、一緒に死ねると良いんだがな」
そんなことを犬歯を剥き出しにして笑った彼が先に言ってしまうから、またもや私の素直の芽は摘み取られて。
「猟師か冒険者が貴男を魔獣だと思って撃ってしまわないうちに、さっさと人里から離れた方が良いかもね?」
「だな。魔物が美人を攫って逃げたとか噂が立ったら、お前を奪いに来る奴が出てきそうだ。そうと決まればさっさと行こうぜ」
毛むくじゃらで太い腕を差し出されたかと思えば、こちらが手を伸ばす前にその腕があっさりと私を捉えて肩に乗せてしまう。急に高くなった視線に驚いて彼の頭を抱え込むと、彼は嬉しそうに「役得だな」と尻尾を振った。
三百年前の姿など、きっとお互いに少しも憶えていないのに……どうしてかしら?
「馬鹿ね、好きよ」
咄嗟に口をついて出た小さな私の本音に彼の大きな耳がピルルと震えて。尻尾はさっきよりも大きく揺れた。
「悪い……何て言ったのか聞こえなかった。もう一回もう少し大きな声で言ってくれないか?」
彼のこの下手な嘘は三百年間一度も上達したことはないけれど。そこが一番好きなところなのも変わらなかった。
「牙が大きくてキスがしづらそうな口ねって言ったのよ」
「試してみるか?」
「……人里から離れたらね」
彼の尻尾が大きく揺れて、私の鼓動は早くなる。
きっと聴こえているだろうから、しばらく本音はお預けよ。