佐伯雅美①
最近読み漁った小説に影響受けまくって、勢いで書き始めました。
お付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m
『乱暴者のマサ君なんて、大嫌い!』
――そう幼馴染に言われたのは、確か中学2年のとき。
『あんたが弟だってだけで恥だわ』
――そう姉に吐き捨てられたのも、確か中学2年のとき。
『雅美。お前のやったことは許されることではない。でも、俺と母さんだけは、お前の味方だからな』
――味方だって言いながらも、全然ぼくを信じてくれなかった父さん。その言葉をかけられたのも、やっぱり中学2年のときだった。
ぼくの人生の分岐点は、中学2年のとき。車に轢かれそうになった幼馴染を助けようとしたときだ。
幼馴染の赤城澪は、小学校までよく遊んでいた子だった。1年から6年まで、姉さん含めて、ずっと一緒に登校する仲。放課後もよく遊んでいた。
中学に入ってからは、思春期特有の気持ちの変化があり。クラスも別になって、少しばかり疎遠となっていた。
2年に上がってしばらくしたある日。確か寒い冬の、雪がちらつく日だった。
下校時間。ぼくのすぐ目の前を、澪は歩いていた。何やら携帯電話をずっといじりながら。
ぼくも独りだったけど、特に声を掛けることはしなかった。お互いに、かどうかはわからないけど、少なくともぼくは、帰り道に女子に話し掛けるのは気恥ずかしかった。
そんな折り。家のすぐ近くの、やや大きめな交差点に入ったときだ。
相変わらず携帯電話をいじっている澪に目掛けて、軽自動車が迫っていた。
横断歩道の信号は青。もちろん車の信号は赤だった。
原因は、後になってもよく分からなかったけど、とにかく車が突っ込んできていた。
それを見たぼくは、ほとんど咄嗟に、澪を突き飛ばした。このままでは轢かれる! と思ったのだろう。
自分のことなのに、思ったのだろうはおかしい? いやいや、それだけ必死だった。思考は後から付いてきた――それがいけなかったのだけど。
結論から言って、澪もぼくも轢かれなかった。
あれだけ勢いよく突っ込んできた車は、寸前でぼくらに気付いたのか。急ブレーキがかかり、止まった。
良かった。二人とも無事だった。まあ、咄嗟に澪を突き飛ばしてしまったから、もしかして脚を擦りむいたかもしれない。そこは謝っておくとして、大怪我をしなくて良かった――なんて、甘い考えだった。
『――ちょっとあなた! いきなり女の子を突き飛ばすなんて、なに考えているのよ!』
『え?』
慌てたように車から降りてきた若い女性は、凄い剣幕で怒鳴った。
なに言ってるんだろう、このひと。それが率直な感想だった。
ぼくはあなたの車から、幼馴染を助けようとして――
『はあ! なに言ってるのよあなた、責任転嫁なの!? 実際に私の車はぶつかっていないじゃない!』
こちらの言い訳は、運転手に届かなかった。
それはそうかもしれない。実際に事故なんて起きなかったのだから。
『――乱暴者のマサ君なんて、大嫌い!』
そして。澪にもまた、ぼくの声は聴こえていなかった。
彼女はただ怒りで顔を真っ赤にさせて、涙目になって、こちらを睨み付けていた。
そのときの表情は、数年が経てど忘れることがない。
疎遠になり始めたぼくらの、決定的な別離の瞬間だった。
そのまま澪は、運転手の車で病院に連れていかれたらしい。
ぼくが呆然として家に帰ってしばらく。
血相を変えた父が帰宅してきて――思いきりぼくをひっぱたいた。
『なんてことをしてくれた!』なんて叫んでいた。
すぐ後を追うように母も帰宅し。泣きながらぼくを責めた。『女の子に手を上げるような息子に育てた覚えはない』と言っていた。
どうやら、澪から話を聞いた向こうの両親が、うちに連絡を入れてきたらしかった。
ぼくとしては、なんら悪いことをした気はないのに。酷く叱られて、父に殴られた。
すぐに手土産を持って、澪の家に謝りに行った。
ここでぼくの口から、嘘でもすぐに謝罪の言葉が出ていれば、まだ間に合ったかもしれない。
でも。謝れなかった。
事実をありのままに話した。澪は車に轢かれそうになって、それを助けようとしたのだ、と。
その真実は受け入れられなかった。
あの運転手からなにを吹き込まれたのか、澪は怒り以外の感情をこちらに向けていなかった。
もはや完全な敵意である。
ぼくの態度に大層腹を立てた澪の両親は、『訴える』『慰謝料を払え』と強く迫った。父と母は平謝りを繰り返していた。
ぼくは釈然としないまま、たぶん酷く無愛想な表情をしていたと思う。
翌日。
いつも通りに学校に行ったら、ぼくの話は拡がっていた。
女子にいきなり乱暴するバカ野郎。暴行犯。
しかも自分の過ちを認めずに言い訳ばかりする、非道いやつ。
中にはもっととんでもない荒唐無稽な話もあったけど――噂には尾ヒレが付く。
それからぼくの生活は――いや、たぶん人生は大きく変わってしまった。
そりゃそうだ。こうなっては、真実がどうあれ、ぼくは悪いやつ。
悪いやつは、懲らしめられなければならない。
ひとつひとつを思い出すだけで悪寒がするような虐めを、受けた。
机の落書き。持ち物の紛失。陰口。暴力。無視。
およそ中学生が考え付くような虐めは、ほとんど全て受けたと思う。
そんな、日に日に憔悴していくぼくに対して、ひとつ年上の姉は言った。
『あんたが弟だってだけで恥だわ』
同じ中学校に通っているのだから、話が姉に届くのは当然だろう。
そして、ぼくの姉だからというだけで、白い眼で視られるのだ。迷惑以外のなにものでもない。
それからぼくは不登校になった。
一日のほとんどを部屋に引き込もって、昼は勉強ばかりしていた。
夜には疲れて眠るまで、ずっと筋トレ。
中学の3年間は、もう半分を過ぎていたのだ。1年と少しを我慢すれば、高校入試がある。
学区外の高校にさえ受かれば。事情を知る生徒さえいなければ。
高校でやり直せるかもしれない。
ぼくの希望はそれだけだった。
姉の教科書とノートを借りて、必死に勉強した。
勉強だけでは心許ない。スポーツも出来たほうが選択肢が広がるに違いない、と考えて、誰にも見つからないよう早朝にジョギングをした。夜には腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを千回ずつ、四時間かけて行った。
その様子を見た両親は、度々、
『雅美。お前のやったことは許されることではない。でも、俺と母さんだけは、お前の味方だからな』
と繰り返し言った。
ぼくにはそれが、全然信用ならなかった。
でも、結局は味方でいてくれるしかない。
高校の学費なんて、自分で払えるわけがないのだから。
努力の甲斐があってか。
ぼくはなんとか、不登校なんてレッテルを貼られながらも、学区外の高校に合格した。
中学2年のときのぼくからは考えられないくらいレベルの高いところ。
両親の意向――主に経済的な理由――で、引越や独り暮らし、寮生活は許可されなかったから、家から毎日二時間かけて通うことになった。
それは良い。助かる。うちの中学から、そんなところを受験する生徒はそうそういるまい。いたとしてほんの数人だろう。
確かにぼくとしてはレベルが高いけれど、特別に有名校てわけじゃない。
東大入学者は数年にひとりくらいしか出ないし、プロスポーツ選手を輩出したこともない。
その地元では、少しばかり名の知られた進学校、というのが、新しい学び舎だった。
中学までの暗い、虐められ続けた記憶は、リセットして。
また1から、新しい人生をスタートさせるのだ!
――そう思っていたのに。
なんで。
なんで、なんで。
なんで、なんでなんでなんでなんで!
赤城澪が、同じ教室にいるのだろう?
ぼくは高校に着いて、教室に入った瞬間に、かつての幼馴染の顔を見つけてしまった。
もう1年以上見ていなかった彼女の顔は、綺麗になっていた。
新入学で気合を入れたような化粧――かつては化粧なんて一度もしたことがなかったのに。
やや茶に染められた、でも艶のあるストレートヘア――以前は癖っ毛のある黒髪だったのに。
でも根本的な顔形は変わっていない。名前も変わるはずがない――酷い目に遭ったぼくが、見間違えるはずもない。
呆然と澪の顔を見ていると。
彼女もまたこちらを向いた。そして、ぼくがぼくだと理解したところで。
にやりと。嗤ったように見えた。
それからはよく覚えていない。
ただ、絶望していた。
新しい学校で再スタートできるかと思っていたのに。
赤城澪がいたらなんにもならない。
また彼女から噂を広められて、また惨い虐めを受けるのだ。
ぼくはほとんど反射的に、教室を、学校を飛び出していた。
そうして、絶望のあまりに。
駅の前のビルの屋上から、飛び降りることにした。
この高さなら、一発で、苦しまずに死ねる。
そのビルの屋上はそんなところだった。
立入禁止の札を無視し、フェンスをよじ登り――何人かの大人たちが、挙動のおかしいぼくに声を掛けて、取り抑えようとして。
そんな迷惑な人々を掻い潜って、ぼくは少しの躊躇いもなく、地面に向けて飛び降りた。
『――ああ。つまらない人生だったなあ』
佐伯雅美の人生はここで終わり。しかも最期は飛び降り自殺なんて。いくら人様に迷惑を掛けたのだろう。
悔恨の念に苛まれながら、身体は地面に近付いていって。
次の人生は、どうか素晴らしいものであれ、と願った。
そのときだった。
【――困るなあ。朕の身体を勝手に壊されちゃあ――】
そんな自分の声が、聴こえた気がした。
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