トリック・『アンド』・トリート大作戦!~レイン・クルーガー・タカシロの場合~
それは、つい一週間ほど前のこと。
『ただいま参りました!』
『若~、お呼びでしょうか~』
『御前、失礼仕ります』
『…………どうもッス』
高天原のとある場所にある、秘密の部屋。
携帯型端末のスイッチを切って、我々は卓を囲んでいた。
正確に言うならば、『影』と呼ばれる者の代表四名と、その上長に当たる私の五名が、だが。
私は彼らに微笑みかける。
見目麗しく有能で、いつもよく働いてくれる者たち。
もちろんそれだけではないのだが、それは今は置いておくとしよう。
なぜって。
「まずは、楽にしてくれたまえ。
本日、君たちに来てもらったのはほかでもない。
今年のハロウィン。私が最も信頼する、君たちに力を貸してもらいたい」
いまから私が言うことは、ある意味でそんな彼らへの『裏切り』なのだから。
だから、意に染まなければ断ってくれてかまわない、その場合でも不利益は一切ないからと重ねて言い添えた。
それでも、彼らはうなずいてくれた。
不満の一つも漏らさずに。
『若はきっとそうおっしゃると思ってました!』
『彼らがあなたを通じ、われらの一員となるのでしたら。
常に有能な成員を求めるわれらにとって、それはむしろありがたいことですから』
……とまで言って。
そして、私はここにいる。
息をひそめ、高天原の学生寮の一室に。
スイッチを入れっぱなしにしたインターホンからは、かすかにかわいらしい声が聞こえてくる。
『トリックオアトリート!』
『トリックオアトリート!』
『おう、トリックオアトリート!』
『こんにちわ。お菓子をどうぞ』
『チョコと、あめと、クッキーがあるよ!
どれでもひとつ、好きなのえらんでね!』
……こうしていると思い出す。
この年のころまで、ハロウィンにはあまり、いい思い出はなかった。
幼いころは姉たちに女装させまくられてうんざり。
学齢となってからは、ティアブラを苦手とする私は浮いていた。
だから、こんな風に。
ドア越しに、窓越しに、独り、賑やかな声を聴いていた。
『トリック・オア・トリート!』
『トリック・オア・トリート!』
私の世界が変わったのは、父により安全な傀儡として取り立てられ、『赤竜管理派』のお飾り貴公子となってからだった。
立場と経費を手に入れれば、私の世界は一気に華やかになった。
つねに蚊帳の外から観察を続けていた私には、人の転がし方が分かっていた。
それから、ハロウィンは楽しいものとなった。
けれど今年、ふたたび、私の世界は変わった。
管理派の命を受け、半ば不本意ながら『ミライツカナタ』を罠にかけようとした私は、その中途半端さゆえにどちらからも切り捨てられぬ存在となり、必然的に両陣営をまたにかけた公認のダブルスパイとなった。
『何とかして、赤竜イツカと御供役のカナタを意のままに』
それは常々父らから言われていることであり。
同時に、この私本人としても、かなえたい願望だった。
だからこの作戦を実行に移した。
いま、イツカ君とカナタ君の部屋、そして、彼らを助けに入りそうなめぼしい人物のもとには、われらが部下たちがどしどしと押しかけている。
イツカ君とカナタ君の手持ちのお菓子の量は計算済みだ。
それらを尽きさせるのに、必要な推定残り時間は、何食わぬ顔をしてここを通り過ぎる『影』たちの呟きが符牒で教えてくれる。
あと五分、四、三、二。
『えー、もう終わりなの?』
『ごめんね、これほんとにラストのラスト。
かたちのよくない今日のお茶の分だけど、これでゴメンして?』
『いえ! むしろすみませんありがとうございますっ!!』
『それでは失礼します! 野郎ども、撤収だァ!!』
そのやり取りが響くと同時に、懐の携帯用端末が、短く鋭く振動した。
よし、今だ。
いつのころからかミライ君の声は聞こえなくなった。感づいて逃がしたのだろう。まあいい。
わたしは滑り込むように角を曲がり、今夜の獲物たちの前に歩み出た。
「やあ二人とも。トリックオアトリート。
私の分のお菓子はあるかな?
もしもないというならば、不本意ながらいたずらせざるを得ないのだけど……」
今日のためにと決めた、ドラキュラの仮装。
一点ものとして仕立てた勝負服は、このままセレブのパーティーにだって着てゆける仕上がりだ。
さて、どう出る、二人とも。
今夜は魔界の祭典。その開催を学長の名で決めた以上、『お菓子がなければいたずらを』このルールは、何人をもってしても曲げられない。
ちなみにこの高天原において、異性間・同性間の『交渉』は、自由意思に基づく同意のある限りにおいてだが、校則違反ではない――そのことはきっちりと調べをつけてある。
それを知ってか知らずか、黒い子猫の騎士様は可愛い声を上げた。
「げっ、レインじゃねーかよ!」
「こんばんわ、レインさん。
大丈夫です、ありますよ。
さ、どうぞ?」
しかし水色うさぎの王子様は、すっと小さな包みを差し出してきた。
「え?!
いっ、いいいや、なぜっ?!」
私はフリーズして、考え、考え――思い出した。
十分ほど前、なぜかあの部屋の前を通りすぎた、人の背丈ほどもある『クリスマスツリー』。
それを運んでいるのは、渋面MAXの狼男だった。
顔はモッフモフの毛むくじゃらに、服もずいぶんとワイルドなものにしていたが、あれはハヤト君で間違いない。
なぜかアスカと別行動しているのが気になったのだが……まさか!
じっと小さな包みを見る。リボンには見覚えのある字で『トリックオアトリート!』としたためてある。
そう、それはアスカの字だ。
すべてはすでにお見通しだったということか!
だが、私にはまだ起死回生の手が残されていることに、皮肉にもその文字は気づかせてくれた。
わたしは包みを丁重にカナタ君に返却する。
「いやいや、これはアスカがつくったものだろう?
私としては、君たちのお手製が欲しいんだけどなぁ?」
甘く微笑んで一歩、距離を詰めた。
イツカ君が、カナタ君をかばうように一歩出た。
そのときだった。
『へーいかもんいーん?』
聞き覚えのありすぎる声が室内から聞こえてきた。
同時に姿を現したものに私は、心底ギョッとした。
「ちょっライカくん?! なんて格好をしているんだい!!
いくらハロウィンだからって外でそれはいけないよっ。
さ、さあ、はやくこれを着てくれたまえっ」
そう、それは猫耳尻尾とメイド用エプロン『だけ』を装備した姿のライカ君だった。
急いで二人の脇をすり抜け、外したマントで彼を包み込む。
じつはこれは、チューブトップにミニスカートというセクシー系魔女の仮装の上にエプロンをつけた『なんちゃって』ルックだったのだが、その時の私にはガチのそれに見えてしまっていたのだ。
それを知ってだろう、ライカ君は可憐な美貌で蠱惑的に不敵に笑いかけてきた。
『ええっ? レイちゃんうれしくないの? おれのなんちゃってナントカエプロン姿!』
「いやそれは確かにうれしい超うれしいめっちゃうれしいがこんな公共の場所で見せてはいけないものだからどうせなら二人きりの時だけに」
『ほほーうレイちゃんはなかなか独占欲がつよいんだにゃ~?
おれといっしょにハロウィンまわってくれたらかんがえてもいーよ?』
「いや回るのはいいんだがまず服をっ」
マント一枚の下はきわどい恰好というライカくんは、これ見よがしにマントをひるがえしてスタスタと歩きだす。私は必死で後を追った。
ライカくんは私を従え、少し離れた部屋のドアの前に立つと、トントン、とノックする。
『トリックオアトリートー! おーじさま拉致ってきたったよーん。
おかしちょーだいちょーだい!』
ガチャッと開いたドアの内側は、手作り感あふれるパーティー会場。
そこにはミイラ男に狼男、カボチャ大王に魔女といった、魔界の仲間たちがあふれていた。
『いらーっしゃーい!』
その姿、一斉に上がった歓声は――間違うわけもない。
今回の作戦に加わってくれた、『影』たちのものだった。
わたしは驚いて室内を、『影』たちの顔を見まわした。
「き、君たち? どうしてこれを?!」
「いやー、先月だったか、ライカ兄さんからご提案いただきましてね!」
「たまには我々みんなと若で『ぱあてい』をしてみてはどうかと……」
「いつもパーティーっていうと若が準備してくださるじゃないですか!
その前座ポジってんじゃないですけどね!」
「敵の牙城の中でこっそりパーティー。たっのしーですよねぇ?」
「さっグラス持ってください若。なかみは健全たるリンゴジュースですけどね!」
「あ、ああ……」
渡された、黄金の液体を満たしたグラスを手にすると、ライカ君がそれに手を添えた。
いたずらっぽいウインクを投げてくると、はればれと音頭を取る。
『それではみなさーん! グラスはいきわたったかにゃ~?
みなさんの健康とご多幸を祝して!』
「トリック『アンド』トリート!」
「トリック『アンド』トリート!」
包まれた指先と、胸の内が温かい。
かくしてここに、わが人生最高のハロウィンパーティーがはじまったのであった。
by金目猫先生!
おしまい!
お読みいただきありがとうございました!!




