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だがしやびより  作者: 瀬戸くろず
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5



「……………………」


 土曜日。どしゃ降りの雨。

 店まで俺は車で出勤している。

 ワイパーはゆっくり動くLOモード。

 店までの道中、その動きを視界に入れつつ、俺は踏み切りの前で電車が通り過ぎるのを待っていた。


 カンカンカンカンカンカンッ──。


 その音が頭の中で繰り返し流れている。

 

 カンカンカンカン……。

 

 何だろうか? この音を聴いていると、ふと頭の中に「もしこのまま車を前に進めたら……」俺は今日店に行かなくて済むのかもしれない。  


 カンカンカン……。


 すごい! 店に行かなくてイイだなんて!

 なんて素晴らしいんだろう!! 

 俺はとんでもないことを思いついてしまった!! 天才かもしれない!!

 ……このアクセルを踏み込むだけで……。


 カンカン……。


 ……あれ? ワイパーの調子が悪いのか? 

 視界が滲んできた。

 ……おかしい。

 ワイパーをHIモードにする。

 ……しかし、一向に視界は滲んだまま……。

 

 カン……。


 そのままワイパーを弄っていると……。


 プアぁぁぁぁぁぁ嗚呼ーーー!!!!


 と、汽笛の音。


 その音を聴いた瞬間──。


「──はっ!!!!」

 

 ──一瞬で通り過ぎる電車。

 踏切警報機の音が鳴り止み、警報柱が上に上がる。

 対向車が走り出す。

 だが俺はまだアクセルを踏み込めない。 

 後続車からのクラクションの音で、やっと体が動くようになる。俺はアクセルを踏み、いつものように店へと車を進めた。


 ……俺は今、何を考えていたのだろうか? 





「……………………」


 ……多分、日曜日。天候は……わからん。

 何故なら、あたりは真っ暗。

 視界には暗闇以外何も見えない。

 

 ……その暗闇の中で、俺はひとりだ。

 

 ……ひとりぼっちだ。


 そうだ、今日は日曜日だ。 

 店は一週間のうちで一番の客入りだ。

 今日は休むわけには行かない。


 そう思い立ち上がろうとすると──。


『……そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?』


 暗闇の何処かから、誰かが囁いた。


 ……いや、そういう訳にはいかない。

 だって、俺がもし弱音なんて吐いたら、両親が心配するし、妹にだって格好悪いと思われる。兄というのはいつだって妹にかっこいいと思われたいのだ。


『……少しは休んだら?』


 ……何言ってんだ?

 同僚の坂口や船橋は休んでいるところなんて見たことがないぞ? 他に頑張っている人がいるのに俺だけ休む訳にはいかないだろ?


『……そんなに辛そうなのに?』


 ……辛そう? おいおい、何言ってんだ?

 俺より辛い人なんて他にいくらでもいるぞ? それに上司の渡辺さんは俺の歳の頃は、三倍働いていたらしいし、そんな人を差し置いて、俺が辛いだなんて口が裂けても言えないよ。


『……でも、もう動けないでしょ?』


 ……………………いや、まだ、大丈夫。

 俺、野球部だったし……。

 体力には自信が……ある。


『…………わかってる?』


 ……………………何がだ?


『……』 


 ……………おい?


『……もう、限界ってこと』


 ……え?


 ふと、今自分が立っているところを見る。

 断崖絶壁──。

 一歩でも踏み出したら、真っ逆さまだ。

 底もまるで見えない。


 ……俺は……一体。


 ……何のために働いていたのだろうか?  

 

『──ちゃん!!!!!!!』


 ふと、一筋の光が差し込んだ。


 ……誰か、俺を呼ぶ声がする。


『──いちゃん!!!!!!!』


 光が強くなる。


 ……誰だ? 何だか懐かしい。働きすぎて全然会えていない気がする。


『──お兄ちゃん!!!!!!!』


 ──目が眩むほどの光が当たりを包み込む。

 朦朧とする意識の中。

 ハッキリと聞こえた妹の声は、俺の記憶にある声よりすっかりと大人びた声になっている気がした。

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