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第一章 駄菓子屋での一日
「あ〜暇だ」
セミの鳴き声が夏を感じさせる、蒸し暑いとある午後。俺こと、清水あさとは今日も駄菓子屋でひとり寂しく店番をしていた。
今、店の外でジージーやらジリジリやら鳴いているセミは何という種類のセミなんだろうかと考えるくらい俺は暇を持て余していた。
この駄菓子屋で働き出してから、約半年。
すっとこの調子で、お客さんなどたまに、本当にたまーに来るくらい。それも一日に一人か二人。因みに今までの最高来場者数は、三人である。それも内三人とも親戚というか俺の家族だ。父親に母親、それに妹。はい以上。了。
何この店? よくこの客入りでやっていけてるよね? と、思ったがどうやらこの店はオーナーの趣味でやっている店であるらしいので売り上げとかは全然気にしなくてもいいらしかった。いや俺としてはありがたいが……。世の中には色んな趣味をお持ちの方がいるんですね? と思わず感心んしてしまった。
「……外の掃除でもするか」
あまりに何もしなさすぎるのも、人間、健康に悪い。だから俺は自分から動くことにした。体を動かすと物事を前向きに捉えやすくなるのだ。交感神経が活発になるとか何とか。ネットで見たから間違いない。
俺の指定席、レジ前の椅子から立ち上がると、少しだけ立ちくらみ。……これは、運動不足かもしれん、というか絶対に運動不足だ。まぁ今はそれはいいとして、裏に置いてある竹箒を取ってくる。
ガラララッ──。
と、店の入り口からスライド式の扉の開く音。珍しくお客さんの気配。本当にしばらくぶりだ。外掃除は諦め、指定席へ戻ろうと、竹箒を置こうと思ったら──。
「お兄ちゃーん!!! いるーーー!!!」
玉を転がすような元気で大きな声が店の中に響き渡る。相変わらず大きな声だ。
俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのは一人しかいない、となると必然、俺を呼ぶこえは妹、となる。
裏から出てきた俺を見つけるや否や、ダダダッと駆け寄り、何がそんなに嬉しいのか、ニコニコ笑顔で抱きついてくる。
「えへへ〜おにいちゃ〜ん」
「……暑い、くっつくな、離れろ」
「もう! お兄ちゃんのいけず!」
そう言ってすぐさま離れる俺の妹、清水ゆうひ十四歳、中学二年生。俺とは十四年も歳が離れているが、ちゃんと血は繋がっている。全く父さん母さんはどれだけ頑張ったのだろうか。
「まぁいいや、ところでお兄ちゃん」
「……何だよ、てか学校はどうしたんだよ」
この時間帯だと、まだ中学生のゆうひは学校にいないといけない時間である。……まさかサボりか?
「サボってないよっ、今日は終業式だから午前で学校は終わりなんだよ」
「……………………」
俺の心を読むとは成長したな妹よ。兄として誇らしいぞ。
「……それで? 俺に何か用か?」
「……えっとね? ちょっとお兄ちゃんに頼みがあって……」
何やら言い淀んでいるゆうひ。この妹がこういう顔をしているときはだいたい面倒なことを頼んでくると相場は決まっていた。伊達に十四年ゆうひのお兄ちゃんを務めていない。
ゆうひは意を決したように俺を見つめ、玉を転がすような声で声を上げる。
「夏休みの宿題を手伝ってほしいの!!」
「却下だ」
「──えぇ!? なんで!?」
「何でも何もまだ夏休みは始まったばかりだろう? それなのになぜ俺が手伝いをいなきゃならんのだ」
夏休み最終日とかならまだしも、初日から他力本願とはある意味あっぱれな妹である。
俺はそう言いつつ、どうせ手伝う事になるんだろうなぁと思うながら、俺の指定席、レジ前の椅子へと着席する。
「──ち、違うよ! 宿題は宿題だけど、漢字ドリルとか数学のプリントとかじゃなくて、自由研究だよ! 自由研究!!」
「……自由研究?」
「そう!」
何故だか、自信満々で胸を張っているが、自由研究だって立派な自分でやらなきゃいけない宿題のはずだ。なのに何でこの妹は自由研究なら手伝ってくれるよね! みたいなテンションで話しているのだろうか? えっ? まさか俺が知らないだけで今の中学生の間では自由研究は親や兄妹に手伝ってもらうことがデフォなのだろうか? いやまっさか〜ありえな〜い。
「そうなんだよ! 今はそれが中学校のデフォ何だよ!!」
「えぇ!? まさか、俺、今の独り言、全部口に出してたのか!? 恥ずかしいっ!!」
「大丈夫だよ! お兄ちゃん! 今のは私の妹力で心の声を拾っただけだから」
「──妹力ってなに!?」
「因みにルビは『いもうとぢから』と呼びます」
「話聞けよ! それと、どうでもいい説明ありがとうな!!」
妹との楽しい会話。
こっちに戻ってくる前までは考えられなかったことだ。
「……それで、ゆうひは何で俺に自由研究を手伝って欲しいんだ? 自由研究だって本当は自分でやるもんだろう?」
「それはね! 私が研究のテーマにしようと思っているのが『駄菓子屋』だからだよ!」
ふふーんっと胸を張る妹、中学二年生。
その胸はこれからの成長に期待したいところだ。今の年齢ならまだまだ希望は残されている。
ふむ、それにしても駄菓子屋をテーマにしたのか……。しかし駄菓子屋の何について研究するつもりだ? 一日の売り上げとかか?
因みに今日の売り上げは俺が十時頃に自腹で買ったキャベツ太朗一袋二十円だ。儲けは定価の二割だから今日の売り上げなんと四円なり。何とも悲惨、目も当てられない売り上げである。これが俺が前いたところだったら、ボコボコにされているところだ。
今が明治時代だったらよかったのになぁ〜。そうしたらこの四円だって何千倍の価値に膨れ上がるのになぁ〜。
「ゆうひ、駄菓子屋の何を調べるつもりだ?」
「お兄ちゃん!」
「……は?」
「だからっお兄ちゃんを調べるんだよ!!」
……………………お兄ちゃん、妹の言っていることが理解できないよ……。先ほど妹のことなら何でも知っているような発言がありましたが、それは現時点を持って撤回させていただきたく存じます。