蒼い世界へ
吹いた風がアスファルトの放射熱を運び、首元を撫でる。
気化する汗が肌から熱を奪い、だけど、ほんの僅か感じた冷たさは、夢の名残よりも儚く消えた。
ひたすら暑い、夏の午後。刺すような陽射しを他人事のように感じながら、田んぼ沿いの道を歩く。
現実と主観を隔てているのは、いつからか感じ続けている、ある種の窮屈さ。
それは例えるなら、この世界に於ける私の存在できる容量は決まっているのに、それはとっくに満ちていて。それでもまだ大きくなろうとする私と、その容量のせめぎ合い。
その“容量”は、体積じゃない。現に、十七を迎えた私は去年よりも身長が五センチ以上伸びて百七十を越えた。クラスの女子の中では大きな方だ。
じゃあ、その容量とは何か?
もしかしたらそれは、この世界に私が入り込む事を許された僅かな“隙間”で、私の本当の居場所は『ここではないどこか』にあるんじゃないか。――そんな、思春期特有の病とでも言われそうな考えが浮かぶ。
その本当のところは、分かりっこない。それが分かれば、私はこの太陽の刃を、もっと切実な痛みとして感じられるだろうか?
眩しすぎて暗いような夏の光景は、二年前の夏休みに読書感想文の題材に選んだ小説を思い出させる。
脳裏に浮かぶのは、目に見える全てを影にしてしまうほどにギラつく太陽の光、その影が形作る幾何学的な世界。
元々「薄いから」という理由で選んだ程度の作品だから、内容はハッキリ覚えているわけじゃない。具体的にそんな光景の描写があったわけではないのかも知れない。
だけど、ただ、そんな印象が、ネットで調べた『エトランゼ』という言葉の意味と共に、私の心の中に、未だ消えずにいた。
そしてそれらは、ふとした折に思い出されると、心の琴線をほんの僅かに震わせる。
同時に思い出す、読後に抱いた、純粋な疑問。
“私は、私の幸福を、どんな形で見つけることができるのだろうか?”
――こうやって歩きながら考える事なんて、いつも決して答えに辿り着かず、だからもう、ただ言葉を弄ぶだけのものだと感じる。
私は現実に立ち返る。神社へ向かう階段に辿り着いたからだ。
肩に掛けた弓袋を担ぎ直して、そして無心で階段を上り始める。
階段脇の木々が陽の光を遮る、影のトンネル。そこへ踏み込めば、目に映る世界は色を失った。
聞こえるのは、蝉の声、私の呼吸。
やがて、色を取り戻し始めた視界に見えてくるのは、何を祀っているかも判らない、小さな神社。
私はその脇を通り抜け、更に先へ歩みを進める。
神社の裏手の、森なのかも知れない林、そこを通る辛うじて獣道と呼べるかどうかという道を行くと、思いがけず大きな池、或いは小さな湖がある。私の目的地は、そこだ。
その場所だけは、私を“窮屈さ”から解放してくれる。
弓を引く時は無心になれる。その瞬間も“窮屈さ”を感じずに済むけれど、それは“解放”とは違うと感じる。
この場所だけが、特別。それは何故だろう? ――その疑問に、答えを探してみた事もある。
そこから見える空?
その水の美しさ?
その場所の空気?
それらが合わさって生まれる、独特の雰囲気?
――結局、それが分かったところで何がどうなるわけでもない、なんてことを解った気になっただけだった。
獣道を二分も歩けば、木々が途切れ、景色が開ける。
その蒼い世界へ、木陰から踏み出した途端、世界は黄金に塗りつぶされた。
思わず細めた視界に、ダイヤモンドを敷き詰めたように輝く湖面が映る。
私は少しの間、ただ、その光と熱の世界に佇んでいた。
だけど、目がその眩さに慣れる前に、私は手を庇にして、この、ぽっかりと切り取られたような世界を眺める。
水面は空を写し取って青く、煌めく光が、その青を空よりも美しく飾り立てようとしている。
その空を見上げれば、その青は遠く深く宇宙の先までさえ続くように思えて、自分のようなちっぽけな存在はそこに簡単に引き込まれ、無限に沈んで行ってしまいそうな、浮遊感にも似た感覚に襲われる。
その、ほんの一瞬の旅から身体へと意識が立ち戻ると、自分のボキャブラリでは“解放感”としか言い表せられない感覚を自覚する。
いつだってそうだ。私がここを訪れると、いつだって私の意識はこの場所の光景の何かしらにどうしようもなく引き寄せられて、そして気付くともう“解放”は終わっている。
自分自身に意識を留めようとしても無駄だった。だから、この場所で私が何かに気を取られるのはもう、どうしたって変えようのない“真理”みたいなものだと思う事にしている。
そんな、いつも少しずつ違うけれど、ある意味いつも通りのルーティンをこなして、束の間の安らぎとも言える感覚に身を委ねる。
そう、いつも通りなら、そうしていたはずだ。
でも、今日は違った。――私の視界に、“それ”が映ったからだ。
それはまるで、空に立つように。
空を切り取った青の水面に一つ、軽やかに、つま先で波紋を広げて。
水の上に、そっと降り立ったのは、純白のワンピースに身を包んだ女性。
陽の光の下で、緑がかって見える長いストレートの髪。
なじみ深いようで、でも日本人とも、地球上のどんな民族とも違うような気もするその女性の顔立ち。
目の前で起きているのは、現実的に考えれば有り得ない現象のはずなのに。
この場所の雰囲気も手伝っているのか、見ている光景に不思議な説得力を感じている。
全てが収まるべき所へ収まるような、心地良い納得感だった。
――見つけた。
それは、その女性から伝わってきた、感情。
言葉ではなく、気持ちとか感情としか言いようがないもので、でも、不思議と間違っている気は微塵もしない。
今までも、他人の気持ちが何となく解る気になった事はあるけれど、それは全く不確かなもので、「こうじゃないと良いな」という不安や、「こうだったら良いな」という期待、そんな願望が錯覚させる程度のものだと思っていた。
でも、今回は確信としか言いようがない手応えがある。
そして、続いて彼女から伝わったのは、私を見つけた事への喜びと、私に対して「一緒に来て欲しい」という、願いだった。
――どこへ? とは、思わなかった。
『ここではないどこか』へ、彼女の手を取って、向かう。
それは、運命的な、予定調和的な、既に決定された事実のようで、ただ、その時が今来たのだ、と思った。
行かない、という選択肢は、無かった。
――それでも。
それでも、この世界に心残りが全く無い、というわけでもない。
両親は際立った人格者というわけではないし、親として理想的という訳でもないけれど、テレビにもネットにも悲しいニュースが限りないようなこの世の中で、十分に善良な人たちではあった。
そんな人たちから私に向けられた愛情を疑うつもりはないし、私の方にも愛着や感謝はある。
そう考えると申し訳ないような気持ちもするけれど、私が居なくなっても、妹がいるという事は救いになるだろうと思う。
その妹も、この世界の中で、私が純粋に大切だと思える決して多くない事物の内の一つだったから、別れは素直に寂しい。
そう、それでも。
私の居るべき世界は、“ここ”じゃないと、解ったから。
――ありがとう。さようなら。
いつの間にか目の前に立つ、不思議な雰囲気の女性に一つ頷くと、その意味は伝わった。
彼女は大切なものを包み込むように、両手で私の右手をとって、それを額に当てて、跪いた。
彼女の両手の隙間から光が溢れ出し、私の全身を包み込む。
そして私は見た。
湖の真ん中、蒼の中に浮かぶ“扉”と、そこへと続く、光の道を。
初めからそこにそれが有った事を、私は知っていたような気がした。
立ち上がった女性は水面に浮かぶような光の道を、躊躇いなく歩いて行く。
そして私もまた、その、蒼い世界へ、振り返る事無く一歩を踏み出した。
特別鮮やかなように目に映る、真夏の青い空。
――を切り取ったような、美しい青の水面。
――の上に立つ、白いワンピースの女性。
寝る前にふと浮かんだそんな光景を、絵心さえあればそのまま写し取って描けるのだろうけれど、自分にできる事と言ったら、今回のように言葉を使って、“その光景を見た少女”の物語を書くくらいのものでした。
異世界転移もののプロローグみたいでもありますが、『ここではないどこか』を求めた少女がそこへ踏み出した所で、おしまい、です。
一応、主人公が新しい世界で、選ばれし者にしか引けない弓を弓道の美しい所作で引いて魔法の矢を発現してみせる、なんて、わりとよくありそうな光景も妄想してみたりはしましたが、そこから更に広がるわけでもなく。
自分は「こんな光景が書きたい」というような目指すべき目標がないと物語を書くというのは難しいようなので、この作品はこんな形で終わりになります。
逆に言えば、この世界観で何か書きたいと思うものが見えれば続きのようなものを書くかも知れませんが、その時はまたご覧頂けたら嬉しく思います。
ともあれ、こんな駄文にまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。