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やはり内装もモダンな雰囲気で、黒や茶で重点的に成り立っている。十畳ほどの狭い店内なので入れて七、八人くらいであろうか。右手に見えるカウンターの向こうに目をやるとマスターらしき人と目が合い軽く会釈する。客はカウンター席に女性が一人、左手にある二つのバーテーブルの奥に男女が二人と、手前のバーテーブルには……
「あ、神崎さん」
「おお、なんでここに」
「いや偶然」
まさかの知り合いがたまたま入った店にいるなんてびっくりする。クロークへ荷物を預け神崎さんが立っている席に近づくと、ついてくる初対面の人間にも微笑んで迎え入れてくれた。そっと来てくれた若い男性店員にジンとマルガリータを頼む。去ってから、開口一番に訊かれる。
「何、誰、彼氏」
「ううん、会社の同僚。神崎さんって言って、同じ部署で向かいの席に座ってる人」
「ええ、そこは彼氏って言ってよ」
まさかの拗ねた表情を作る神崎さんはあざとく、顔が良いので似合ってしまうのが面白い。
「ふーん、例のイケメンね」
「そんなこと言われてるんですか俺」
「そうなんですよ、こいつイケメン、イケメンて五月蠅くて」
「五月蠅くはないよ、紹介がてらじゃん」
まさかの顔しか見ていないみたいな物言いに神崎さんも私も驚いて、怒ってみせる。はは、と眉毛を下げて笑ってから、神崎さんが訊いてくる。
「こちらの人は」
「ああ、高校のときからの」
「お友達か。へえ、例の」
「例の、って、お前何言ってんだよ」
何か悪いことを言われていないか不安なのだろう、軽く左肩にグーパンを入れてくるのが可笑しくて、あはは、と笑ってしまう。
「おっと、暴力は良くないですね」
「そうなの、いっつもこいつこうやってDVまがいのことしてくるのよ」
「いっつもではないだろ、人聞きが悪すぎる」
「ごめんごめん。あ、今更なんだけど、相席良いかな」
「ほんとに今更だね。いいよ、ウェルカム」
「ありがとう」
言って、側にあるスツールに着くと、先程のウェイターが三種類のナッツと頼んでいた飲み物が届けてくれる。ウェイターに軽く頭を下げる。
「しかしあれだね、この歳になっても男女の友情って通用するんだね」
グラスを持った右腕をテーブルに突きながら感心したように神崎さんは言う。縦長のグラスは半分が真っ赤だ。
「まあ、腐れ縁のようなものだから」
「そうそう、こいつとは一回別れてるんですから。もうないっす」
まるで当たり前のように、呆れたように笑って右手を横に扇ぐので、同意の意を込めて笑う。すると神崎さんは目を丸くする。
「付き合ってたんだ」
「そこまでは聞いてないんすか」
「初めて聞いたよ」
「確かに言ってなかったね、忘れてた」
「へーえ、そうなんだ。じゃあ、手え繋いだりキスしたりしたことあるってこと」
「まあ。でも、高校生で、しかも一ヶ月間だったからそれどまりかな」
なっ、と確認されても困るが本当のことなのでうんうん、と頷く。神崎さんは、ふーん、と鼻を鳴らして笑う。
「じゃあ、それから何もなく一緒にいるんだ。ちょっと妬けちゃうな」
くくく、と笑って神崎さんは揶揄うが、それは少し違う。
「それはちょっと違うんだよね。俺らそのとき、色々あって大喧嘩しちゃってさ、それから一切関わってなかったんだよ。学校で会っても他人みたいで」
「そんなに」
「そう、それで、大人になって再会したんだ。今年の三月くらいかな」
「ツタヤだったよね、確か。私が『博士の異常な愛情』借りてて、そっちは『時計じかけのオレンジ』だったっけ」
「それは返してたやつ。借りたのは覚えてない」
「逆によく覚えてるね」
「ほんとそうだよな」
「だって偶然キューブリックかぶりだったから」
「なるほど。あ、俺、『博士の~』ってやつ先月観てみたよ。おすすめしてくれたでしょ。前衛的って言ったらありふれてるかもしれないけど……倒錯的だよね」
「えっ、神崎さんもそっちの人間なんだ」
「そっちの人間って何よ。神崎さんは、普段アクション映画観るのが好きなの」
「へえ、でもあんな映画観たんだ。俺にはさっぱり。予告の時点で怖くて無理だね。心臓が縮かむ」
「ああ、それわかるよ。観ないほうがいい人もいると思う」
「人を選ぶよね」
初対面の二人がここまで会話を弾ませるのは、やっぱり二人が人見知りではないからなのだろう。双方を知っている私がいるからこそ交わった出会いだが、三人で話していると、まるで三人とも昔から仲が良かったような錯覚が起きる。それでも私は神崎さんの顔の良さがやはり未だに見慣れないし、暗めの照明の中で影を作る凹凸がより彼の顔を美しく、まざまざと見せつけられるのだった。