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金曜日、やっと給料日が来たので、毎度のごとく気が大きくなり、二リットル業務用のアイス買ってしまった。しかもバニラとチョコレートの二種類。これで半月はやっていける。そのアイスを小皿に入れ、食べ切ってはキッチンで入れ、食べ切ってはキッチンで入れを繰り返している。
「うげー、俺ちょっと腹壊したかも」
静かにテレビを見ているのに、突然目の前で声を上げられるとびっくりする。苦しそうに腹をさすりながらも、テレビから目を離すことはない。ちゃっかりしている。
「ええ、私と同じ量食べてんでしょ」
「そうだけど。お前の腹が鉄でできてんだよ」
「鉄だとすぐ冷えるけど」
「じゃあ暖炉」
「焼けて死んじゃうよ、ただでさえ暑いのに。冷房弱くする」
「お願いする」
やるわ、と言われて受け取ったのは一つのカップアイス。抹茶味で、食べかけである。自分で箱買いして持ってきてくれたのだが、最初私が買ってきたものを珍しがって二往復して食べたものの、味に飽きてこれを食べたのである。長年一緒にいるが、こんなに胃が弱いだなんて知らなかった。いや、疲れからか老いからか。私はバニラと抹茶を混ぜて楽しむことにした。
「あっはっは、ホント、日本語不自由、直んねえな、可愛すぎるだろ」
日本で過ごしてきた筈の――ハーフかクウォーターだか忘れた――女性タレントが、その村にしかない綺麗な景色や料理についてのナレーションを読み上げているのだが、漢字が読めずに手こずっているのがなんとも面白く、そして可愛らしい。そしてそれが終わってから、司会の大物芸人や女子アナ、見目麗しいゲストと謎の有識者たちが馬鹿みたいに真剣にコメントしている。こんなにシュールな番組なのに爆笑を誘うのだから、笑いの形は千差万別なんだろう。痛い腹を爆笑で大きく動かしてしまい、いて、いて、と言っているのを見ると余計に可笑しくなってくる。
「はー、笑った笑った。あ、そういやさ、これから呑みに行かねえ」
「良いけど。そういやさって何」
「いや、アイス持ってきてくつろいどいて何だけど、元々呑みに誘いに来たんだったって」
「ああ、そうなの。いいよ、支度するわ」
「おう」
廊下に出てドアを閉めるのを確認しながら、エアコンの電源を切って上の服を脱ぐ。どうせ居酒屋か手軽なバーなのでラフなTシャツで良いのだろうが、今着ているものは部屋着用で、襟ぐりがだらしなく伸びている。クローゼットから紺で無地のTシャツを引っ張りだして、パンツも適当にベージュのテーパードを選んで履いた。あとは焦げ茶のウォレットポーチに会社に持っていっているウォレットポーチから必要な分だけをぶち込んで、忘れずにテレビを切ってから食器を抱えて廊下に出た。
「お腹冷えてんのに外出て大丈夫なの」
「大丈夫っしょ、外暑いし。どうにかなるなる」
「そうかなあ」
能天気な物言いにぼんやりと心配を伝えてみるがこういうとき思い切りがよすぎるのがこの人の悪いところだ。何を言ってもこの能天気野郎は変わらず押し切るのだろうからもう何も言うまい。肩を竦めては、様子が怪しい空を見上げながら、二、三歩後ろを歩く。すると三叉路に出た。分かれ道の中心には店が佇んでいて、木製の扉の上にはバーであることを示さんとする店の名前がネオンサインで描かれている。煉瓦で壁が覆われており、モダンな雰囲気だ。
「あ、ここ良くね。なんかツマミ美味そうだし、酒も美味そう」
「外にメニューも何も置いてないのによくわかるわね」
「雰囲気よ、雰囲気」
きしし、と歯を見せて笑ってから扉を開けると、思ったより重いベルの音が鳴った。




