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突然の登場に戸惑っている様子の藤川さん。確かに私から見てもちょっと不気味だ。
「この方は先輩の藤川さんっていうんだけど……何、どうして居るの。ストーカーか何か」
「ちーがうよ、人聞き悪いなあ。最初さ、お前の家に行ったら居ないから携帯に電話かけたんだよ。あ、LINEな。そしたら出ねえんだから、暇つぶしにここに飲みに来たら偶然お前が居たってわけ」
「そんなことあるの。私のスマホか何かにGPS付けたりしてないでしょうね」
「そんな馬鹿な」
「夫婦漫才みたい」
「「そんな馬鹿な」」
いきなりの藤川さんのツッコミに声を揃えて返してしまうあたり、本当に夫婦漫才なんかじゃないかと思って思わず、ぷっ、と吹き出してしまう。私以外もなんだかそんな感じだ。
「いやー、こいつと夫婦なんてありえないもんですよ」
「そんな言い方ある」
「だってお前もそう思うだろ」
「まあ、確かに」
「でも、昔付き合ってたんでしょう」
「まあ、うん。言うて高校生のときなんですけど」
「一ヶ月も続かなかったんですよ」
「それでも、一緒に居るんだ。どうして」
藤川さんの疑問に、ピタッ、と返事が止まる。普通、別れると友達でいられないパターンが多い。でも何割かは、友達のまま居られるのだろうけど、言葉からして、藤川さんはそれがわからない人のようなのがわかる。が。
なんと返せば良いのかわからない。
隣を見ると、そっちも言葉に詰まったように唇を半開きにさせて表情を失っている。
「あっ、ごめん……余計なこと訊いちゃっ……」
「腐れ縁すよ。ちょっと、訳があって」
そこまで言っちゃうのか、とびっくりしたが、藤川さんなら良いと思える。よく藤川さんの話をしているのもあって、この人なら大丈夫だと、思ったみたいだ。
言葉に詰まり、開かれたままの唇を見ているとこちらにまで緊張が伝染する。覚悟を決めたかのように息を吞むと、再び声を発する。
「佳代子って友達がいたんすよね。共通の。高校の一年とき、ちょうど俺とこいつと佳代子が同じクラスで仲良くなって。で、亡くなったんです。佳代子。交通事故で」
「え……」
まさかここまで重い内容を聞かされるとは思っていなかったのだろう。藤川さんは小さく口を開けて固まる。そりゃ、まさか「腐れ縁」という言葉にそういう出来事が込められているなんて予想もつかないであろう。しかし、藤川さんは薄い唇を閉じて唾を呑み、真剣な目で言葉を待ってくれる。ゴト、と目の前にジョッキと小皿が置かれる音が遠い。
「それで、仲間意識すかね。一緒に引きずってんすよ、傷舐め合うでもなく、現実を一緒に悲しみがりながら。それができるのはこいつだけだから。もしものとき、もしも取り乱したりしたとき、こいつも同じ気持ちを抱えてるんだから、そんなにひとりで深刻ぶる必要もねえって」
思えるんす。と、言葉を付け足して説明を終えた。言葉にはしないでも、私もこいつと同じ気持ちだ。傷を舐め合っているわけじゃなく、一緒に引きずる。佳代子がいなくなったことを受け止める。それだけのために一緒にいる。こいつと再会する前、私はどうして心の均衡を保っていたのだろうか。




