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「藤川さん、優しいですし告白されても嫌な気持ちにならないと思いますよ」
金曜の帰り、無垢の木を基調とした店構えは照明に照らされると反射して辺りをオレンジ色に染める。今日はプレミアムフライデー。たまにこうして寄っている居酒屋はこの日、ビールを一杯九十五円で提供してくれる。非常にありがたい。
「そうかなあ。でも、川原さんも、小山さんもだめだったでしょ」
「まあ、美人っちゃ美人ですけど……別部署の人の人となりって、わからないじゃないですか。そりゃ、神崎さん困りますよ」
「そうかなあ、あれほどの美人でだめなら、私もだめだよ、きっと」
この顔でそれを言うか。まじまじと藤川さんの顔を見つめてみると、発光するように肌が白くて美しい。目は大きく、鼻は高く、唇は薄い。しかし、肝心なのはそんなことではない。
「そんなこと言ったって、やっぱり性格ですよ、性格というか……『どんな人なのか』ってことがわからないと付き合うってとこまで距離をいきなり縮めるなんてできないです。少なくとも、神崎さんはそういう人間だと思います」
言ってから、右手に握りしめたジョッキで生ビールを煽る。そしてジョッキを置いた瞬間、そっと置いたつもりがゴンッ、と思ったより大きな音がカウンターから鳴り、頭が少し冴える。しまった、他人のことなのに断言するかのように息巻いてしまった。おずおず藤川さんの顔を確かめると、私の様子を気にすることもなく、聖母のように微笑している。顔が火照って見えるのは照れからなのか、カルピスサワーのせいなのか。
「そうかな……」
「そうですよ。藤川さんといると、私、癒されるんですよ。優しいし、お世辞じゃなくお綺麗だし、仕事もできるし相談ごとにも乗ってくれるし……」
「そ、そうなの……」
抑えきれぬ称賛が口から次から次へと出てくる。目を丸くして少し身を引いている様子を見ると、自分が気持ち悪いことを言っているのだなと自覚して、気まずさを誤魔化そうと笑ってみせる。
「すみません、いきなり」
「いや、いいんだけど……そんな風に言われたことあまりないから、びっくりしちゃったな、ふふ」
「あんまり」ということは言われたことはあるのだろう。当たり前だ。目の前にいるこの人は聖母だ。先週だって、眠気覚ましを手伝ってくれたし、昨日なんかは解決できなかったミスを一緒に拾い上げてくれた。
「いや、かわいいですね、恋する女性ってのは。お酒が進みますよ」
舌の回らぬ口調で言って、カウンターの向こうに見えるように手を挙げて生ビールとエイヒレを頼む。
「かわいいって、何、揶揄ってるの」
「そんなことないです。真面目です。真剣に」
「そのわりには目が虚ろだけど」
「あっは、酔ってるんですよ、酔ってるんです」
「もう、酔い過ぎ。ふふ」
「おーい」
「いや、だって美味しすぎませんか、このトントロ。ジューシーでふわふわ」
「おーいって」
「あ、え、あの」
「本当に溶けそうで、あ、知ってますか、トントロって豚の首辺りにあるんですけど、マグロのトロに食感が……」
「おいって、お前」
「え」
トントン、と右肩を叩かれたような気がして振り向くと、この間レンタルしたDVDを返すのに着いてきた男がそこにはいた。
「なんで居るの」
ふんわりした意識の中、相手の顔をまじまじと見れば見るほどそこに居ることが不思議で仕方がない。
「なんでって、お前こそなんで電話に出ないんだと思ったら。あっ、いつもお世話になっておりますー」
いや、私の親か何かか。頭の中で右の手の甲で肩辺りを叩くのを想像しながら、「すみません」と藤川さんに謝る。非常に図々しい。と思っていた矢先に私の左隣の席に座りはじめる。
「この人が例の」
藤川さんが、初対面の人間の前で、おずおずと問いかけてくる。
「はい、高校の頃からのです。例の、昔付き合ってた人です」
「え、そんなとこまで言ってんの。やー、どうも、元カレです」
「ど、どうも……」