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漂流できない  作者: まがり 小夜
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2 - 2

 やばいやばい、忘れていた。そうやって焦りながらカードキーを差し込もうとすると手元が狂い的を外す。扉を開け、手を離すと自然と閉まるのを疎ましく思いながらパンプスを脱ぎ散らかしテーブルの上からレンタルしていた『遊星からの物体X』と『2001年宇宙の旅』のDVDをひったくるようにして取る。トートバッグに入れて玄関へ戻ろうとしたがUターン、そういや今日は観たいバラエティがふたつあるんだった、とテーブルの上のリモコンで録画予約をしてから投げるようにテーブルの上へ置き、扉を開けると、

「わっ、なんでいるのよ」

「なんでって、暇だから」

 そこには、月曜に来ていた男がいる。わざとらしく首を傾げている。

「暇って……私は暇じゃないんだけど」

「どうして」

 すたすた、とコンクリートの廊下を歩いていると、さっきまで焦りのせいの悪寒で鈍っていた肌が、むわっ、と熱気を教えてくれる。その横を、さも余裕そうに普通の速度で歩いている様子を見ると、男性の足の速さに感心する。

「レンタルしてたDVD、返しに行かなきゃなんないの」

「また延滞料金払う系。そんなに忘れ癖があるくらいなんだからさ、動画配信サービスにでも登録すりゃいいのに」

「それだと観ない月とか、元を取れない本数しか観れない月とかあったら嫌でしょ。ひとつのサービスで観たいの全部やってるわけでもないみたいだし」

「それは妥協するしかなくね」

「そうだけど……それに、登録とかなんとか面倒臭い。クレカはできるだけ使いたくないし」

「堅実なんだか不精なんだか」

「多分後者よね」

 会話をしながらエレベーターに乗っていると、一階に辿り着くのが一瞬のように感じる。突如自覚する眠気にふわあ、と大きく口を開けてあくびをすれば、

「ははっ、なんだよ、寝不足か」

「そう、ほら、こないだ来たとき絵しりとりのアプリ教えてもらったでしょ」

「うん」

「それで寝不足。あまりにも面白いから同僚に教えちゃった」

「そうなんだ。沼に引きずり込んだわけね」

「そう」

 相槌を返しては右手で首元を扇ぐ。まだ夜風が涼しいものの、やはりむわっとした気温と湿気を感じる。

「それにしても、あっちーな」

「アッキーナ」

「ズッキーニ」

「カッテージ」

「ボルテージ」

「サウダージ」

「……負けた」

「やーい」

 こんな、レベルの低い言葉遊びをこの歳でもやれる相手はこいつだけだと思うと、安心する反面不安にもなる。このまま、私の未来はどこにあるのかわからない。こいつと一緒にいるのもあることが理由で、発端で、原因だ。将来、「誰か」と居るためにも、このままではいけないような気がする。気がするだけだけども。

「しょーもな」

「それ私もさっき思った」

「ははっ。それにしても、暑いよな。これからもっと暑くなるってのによ」

「六月はもう夏みたいなもんだよ」

 そうやって他愛もない話をしているうちに、駅に着く。私に続いて改札を通ってくる。

「何、ついてくるの」

「言ったじゃん、暇だって。だめか」

「別にいいけど」

 何故に、とは思ったがこいつのことだ、他意はないのだろう。二つ返事で了解した。


「これ、佳代子が好きって言ってたよな」

 ふと、無意識に、だろう。口から漏らされた言葉にふたりの間に沈黙が流れる。こんなとき、どんな顔をすればいいかわらないの。聞き覚えのあるセリフが頭によぎる。

「そう、だね。こういう系、好きだったよね」

「……な。今だったら何が好きなんだろ。そこらへん詳しくないからわからん」

「私もわからん。とにかくミーハーだったよね。やっぱ山崎賢人か竹内涼真でしょ」

「それは間違いない。絶対好きになってら」

「あんたじゃ敵わないねえ」

「争そう気もねえ」

「そんなこと言っちゃって。あ、でもこういうのも好きそう」

「ああ、好きそう。なんかナチュラル系」

「ね。時間とともに人間関係がーって、穏やか系」

「間違いねえや」

 話していると、意外と言葉が繋がるもんだ。懐かしさが原動力になっているのだろうか。でも、念頭に置かれているものが普通とされているものより少しずれているから、言葉選びもおかしくなってくる。ぎこちない笑みを浮かべているのを見ると、きっと私も同じ顔をしているんだろうなと思う。そのうち感情のキャパシティがなくなってきて、ふたりとも何本かの映画のケースを持ったまんま、だんまりと立ち尽くす。非常にまずい。前言撤回、全然繋がらない。

 バサバサバサッ。

「あ、すみません、すみません」

 沈黙を破るように二人の間にいくつものDVDのパッケージが雪崩れ落ち、黒のポロシャツを着た背の高い男性店員があせあせとそれらを拾っていく。慌てているからであろう、たまに拾ったものを手から滑り落としたりしている。

「大丈夫ですか」

「ああ、ありがとうございます、すみません」

 手に持っていたパッケージを、適当に、そこら辺の棚に並んだパッケージの上に置いて店員と一緒にしゃがみ込み、三人揃って落とされたものを拾い集める。終わると、この店ではよく見た顔の男は小さく笑って頭で会釈し、近くの棚へパッケージを挿していくのだった。

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