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漂流できない  作者: まがり 小夜
20/22

11 - 2

「じゃあー、メープルバタークリームの、二つのやつで。あとグリーンスムージー」

「この本日のアイスと、ダージリンティーで。あ、アイスで。ありがとうございます」

 白い壁に白い椅子。テーブルは薄い色の木の板で、全体的に明るい印象のカフェに来た。駅から三分もかからなかったので、男性もこんな場所を知っているもんだ、と感心してしまった。もしかして、彼女さんと来たことがあるのかな。訊いてみると、

「あっはは、図星です。お洒落すぎますもんね。男だけで来るのはなんとなく苦しい」

 隠す素振りもなく、しかし照れ臭そうに笑みを浮かべてから露のついたグラスを引き寄せる。私もつられて引き寄せ、水を口にする。

「いやでも、女の人と二人で食事って、久しぶりですよ。前の人と別れて、うーん、三年くらい経ちましたし」

「私もそれくらいかも。大学出る前に別れちゃったんです」

「地元離れて遠距離って真面目に考えると、心も離れるって聞きますしね」

「その通りなんですよ、全くそのパターンで。片方がどうってことはなく、お互いに、冷めちゃったんですよねえ」

「そうなんですね」

 なんだろう、本当に、こうして話していると、三好さんはおっとりとしていて癒しオーラをすごく感じる。ゆっくり話してくれるのはどこかおじいちゃんみたいだが、この人が家庭教師をしていたのを思い出すと、そういやどの学校にもそんな先生がいたな、と記憶の切れ端を引っ張り出して唇が緩む。

「あ、そう。それで、ですね。話なんですけど」

「はい」

 そのタイミングで頼んでいたドリンクが来る。スムージーはストローで掻き回して確かめた感じではちょうどいい濃さで美味しそうだ。

「以前、言ってくれたじゃないですか。三好さん。わたしたちは、佳代子の一部だったって」

「ああ、うん。覚えてくれていたんですね」

 そりゃ、覚えている。どれだけ、嬉しかったか。どれだけ、佳代子をまた鮮明に思い出すことができたか。

「覚えていますよ。そんなに、佳代子は、わたしたちのことが好きだったんだなって。佳代子のスマホのロック画面がわたしたちの写真だったのは覚えてるんですけど、他人から見たわたしたちが、そんな風に映ってたなんて。想像もつかなかったから」

 暑さのこもった身体に冷たいスムージーはエネルギーみたいで、息巻かんとしている気持ちが少し抑えてくれる。

「佳代子が見せてくれるわたしたちの写真って、いつ撮ったのってくらい、いつのものなのか、わからないものばかりだったんですよ。でも、とにかくわたしたち、その写真では楽しそうで。三好さんの話を聞いてから改めて思い出すと、それが佳代子の日常で、当たり前だったんだなって」

「うん」

「それで、その写真見せてくれるとき、やっぱり、三好さんがおっしゃった通り、いつも笑っていたんですよ。その笑顔が、すごく、大事に感じて。愛らしくて。そんな愛らしい佳代子の笑顔を、わたしたちの笑顔が作ったんだなって思うと、ここが、ぎゅっと、なって」

 話している最中に、本当に胸の奥が締め付けられてきて、胸の辺りの服を鷲掴む。言葉を探す。三好さんは、黙って待っていてくれる。

「でも、思ったんです。三好さんも、じゃないですか」

「え」

 しまった、目を点にさせてしまった。あまりにも説明不足すぎる。慌てて頭を小さく下げる。

「あ、すみません。意味がわからないですよね……。その、わたしたちの写真を見せてたらしいじゃないですか、佳代子」

「はい」

「そのとき、笑顔だったって。わたしたちの写真を見せたいって思わせる三好さんも、また、佳代子の笑顔を作ったんですよ」

「見せたいと、思わせる……。そう、なんですかね」

「私はそう思います。見せたいと思わせる、その、三好さんの、話を聞いてくれる優しさが、佳代子の笑顔を作って、佳代子の一部を作ったんですよ」

「そっか……そっ、か」

 三好さんは右手の拳をテーブルに突く。その拳は何かを耐えるように震えて、そのうち肩を上下させはじめた。

「おまたせしましたー、メープルバタークリームの……えっ」

 タイミング悪くデザートを運んできた店員が三好さんの顔を見てぎょっとする。三好さんはハッとして拳を作っていた右手を開いて顔半分を覆う。私は黙って店員に微笑みを作り、プレートを受け取る。

「すみませ……俺、ずっと……」

 ぐしぐし、と手の親指側で目の周りを拭い、ジーンズに手のひらを擦り付ける。

「ずっと、思ってたんです。考えてたんです。『俺は佳代子ちゃんに何ができただろう』って。『生きている間に何かしてやれただろうか』って」

 その声は、切実に震えている。まだ、米粒ほどの涙は瞳に溜まっている。

「でも、そうか。俺、関わること、できてたんですね。佳代子ちゃんの人生に。プラスの意味で、一緒に居ることができたんですね」

 ああ、そうか。三好さんもか。三好さんも、佳代子を好きだった。佳代子を愛しいと思っていた。わたしたちと同じで、ずっと、ずっと佳代子と、佳代子との思い出と一緒に生きてきた。あの頃も、あれからも、今でも。佳代子と一緒に、生きている。でも。生きていない。佳代子はここにはいない。だから、苦しい。一緒に居られないから。一緒に笑い合えないから。


 佳代子の笑顔を、見られないから。

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