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眠い。気を抜けば居眠りなんてはしたない真似をしてしまいそうなくらい眠い。意識が混濁しかけてキーボードを押す指先が非常に遅い。頑張れ、頑張れ私、昼休憩まであと十五分、十五分だぞ……。
「大丈夫。飴でも食べる」
隣の席の藤川さんが顔を覗き込んで様子を確かめてくれる。よっぽど疲れた顔をしているのだろう。
「頂けたら嬉しいです……」
ヨボヨボとした声で両手を差し出すと、緑の缶からひとつだけ飴を落としてくれる。白い。
「ハッカ味だから。ほどほどに目が覚めると思うよ。わざと集めて入れてるの」
ふふっ、と柔らかく笑みを漏らす藤川さんに癒され、ふふっ、と私もつられて笑ってしまう。
「ありがとうございます……」
「いいえ。……夜更かしもほどほどにね」
耳打ちされて、恥ずかしさに体温が上がるのを自覚する。すみません、とぺこぺこ二度頭を下げると再びデスクトップへ顔を向ける。口に含んだハッカの味は、甘さを感じながらもしっかり爽やかな刺激を舌に与えてくれる。肩を大きく上げ下げしてから背筋を伸ばすと目が覚めたような気持ちになって、すぐに時間は溶ける。
チャイムが鳴って、オフィスチェアに背を預けるとひとつ呼吸を吐き、向かいのデスクにいる神崎さんを見る。うーん、なかなか顔が良い。
「おう、一緒に社食行かねえ」
バチッ、と目が合うとじっと見つめていたことがバレていないか不安になり心臓が跳ね返るが、そうだ、知っていた。この人、そういうのに鈍感がすぎるのだった。
「行こう行こう」
目を細めてデスクの下の鞄から薄いエメラルドのウォレットポーチを取り出し、席を立つ。部屋から出るときの視線の痛さには慣れてしまった。
この男、何せ顔が良い。彫りが深いながらもほんの少し童顔、きりっとした眉は整えられていて鼻は高く唇は小さいが下唇が丸い。今日見ない日はないほどのテレビスターに似ている。アイドルだっけか。名前は……なまえ……に、にし……ひがし……。
「何、顔に何か付いてる。それとも髭剃り残してるかな」
私の視線にぎょっ、と目を丸くするので、自分自身びっくりしてしまい思わず目を逸らす。顎を撫でる仕草はなかなかに魅力的だ。
「大丈夫、大丈夫。ぼーっとしてただけ」
「そう。そういや眠そうだったよね。何かあった」
「いや、何も無いんだけど……最近ね、こういうのにハマってて」
「なになに」
右肩に下げたウォレットポーチから薄ピンクのカバーのスマホを取り出す。カバーには白い花の飾りが付いていて引っ掛かりやすく、実は買ったのを後悔している。でも、先月買ったばかりで新しく買うのも躊躇われるし、使いつづけるしかないのだ。
「これなんだけど」
ロックを解除しツイッターの画面を閉じるとホーム画面に映る。ホーム画面の壁紙はお気に入りの居酒屋で撮ったハマチの刺身と日本酒のおちょこととっくりが並んでいる写真だ。これ、と指さした黄色いアイコンを一度指さすとタップして開く。
「何これ。絵しりとり」
「そう、絵しりとり。オンラインでいろんな人とプレイできてさ、これが面白いのなんのって。眠れないの」
起動したアプリ画面をスワイプで消して、スクショしておいた絵しりとりの結果の画面をいくつか見せる。
「ほー、これは眠れないわ。ふざけだしたら止まらねえよ」
「そう、そうなのよ。それに成立しないこともあって、成立した時の達成感がすーごく大きいわけ」
「ちょっと俺も入れてみるわ。何て名前」
「えっとね……」
アイコンの下の小さな文字を読んでいると、突然着信の画面に変わる。びっくりしてスマホを落としかける。
「先行ってて」
そう言って壁に寄りかかりながら神崎さんに片手を挙げてからスマホの画面を確かめる。名前の登録はしていないようだ。怪しい場所からではないだろうか疑いながら、おそるおそる、緑のボタンに指を伸ばす。
「もしもし、先ほどお電話いただいた者ですが」




