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「私も、ってことは、彼も」
「好きみたいでした。居なくなってから気づくんですよ、そういうのって」
汁でふやけた米は舌と上顎の力だけで潰れてしまいそうだ。
「せっかくふたりだけの時間で作った恋心なのに。佳代子と三人で居る時間の方が、よっぽど愛おしかったんです。告白されたときは、あんなに嬉しかったのになあ」
「どんなふうに告白されたの」
訊いてくる藤川さんは大きく口を開き、カレーが大胆に盛られたスプーンを頬張る。綺麗な人は、大口を開けたとしても顔の造形が崩れることはない。
「あいつ、帰宅部だったんですけど、三年の六月からいきなり合唱部に入ったんです。歌、上手かったし、頼られてたみたいでした。それで、今くらいの時期かな。『夏の大会で優勝したら、付き合ってくれよ』って」
「わーお、青春だ」
「でも、意外とそういう瞬間って、素直に感情が湧かなかったりするもんですね。蝉の声が五月蠅くて、首元とか手のひらとかが汗ばんでて。そんなことしか覚えてないんです。でも珍しく、準優勝になっちゃって。うち、強豪校だったみたいで本当に珍しかったんです。でもあいつ、強引で」
そんなこともあったな、と、遠い目をしてしまい、そんな思い出に浸る顔を見られているのに気が付くとハッとして恥ずかしくなり、誤魔化しにはにかむ。
「嬉しかったのになあ。『あいつは佳代子を好きで、佳代子もあいつが好きなんだ』なんて、邪推してた自分が恥ずかしくなったりもしましたもん。でも、その場で色々考えられなくなるくらい、嬉しかったってことですかね」
「そうね。色ーんな気持ちの大きさで、その人への気持ちの大きさに気づくのかもね」
確かに、藤川さんに話したことで、少しあの頃の気持ちへの後悔が晴れた。好きな人たちへの憎しみも決して恥ずかしい感情ではないのだと。
ここで、続きを話すのはやめることにする。どうやって振られた、までは訊かれていないので、これでいいのだ。そして私は、何気なく藤川さんの学生時代の恋愛話について質問する。昼休憩は、あっという間に終わってしまう。