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あんなことがあっても翌日も翌々日も週が明けても、よく一緒に社食で昼食の場を共有できたもんだ。「それくらいじゃ俺のこと嫌いにはならないでしょ」なんて計算高い言葉に驚いたが、本当にそうだ。神崎さんとの関係は変わらず、そして、藤川さんとの関係も変わらない。
今日は神崎さんは個人的な用事で有給休暇を取っているらしく、藤川さんが、いつも一緒に食べている人たちから抜けて私と一緒に社食に付き合ってくれている。そういや、友人のバンドのライブが今日あって、手伝いに行くとか言ってたっけな。
「やっぱりここのカレー、美味しいね。久しぶりに社食に来たからどれ食べようか迷っちゃったけど、これで正解だった」
藤川さんは、すらりとした体型からは想像がつかない量のカレーライスを頼んでいる。中盛りなのだが、それでもそこそこある。居酒屋やレストランではそんなに食べるイメージがないのだが。私もつられて、ひとつ大きめの親子丼を頼んでみる。
「どのメニューも意外と美味しいですよ。こういうのって結構手抜きなイメージあったから、初めて食べたときびっくりしました」
「初めから社食だったの」
「いえ。最初はお弁当作ってて。それで朝しんどくなっちゃってコンビニ行ってたんですけど、その時間すら惜しくなっちゃって。全く怠け者ですよね」
へへ、と顔を崩して笑うと藤川さんはきょとんとする。
「そんなことないよ。仕事なんてしっかりしてるじゃない。私、いつも助けられてるよ。そういうときくらいはね、手抜きでいいんじゃないかな。私もいつもはカフェとかで食べてるし」
藤川さんも柔らかく顔を崩すが、私のそれとはまったく違うのだろう。私はきっとただの平凡な二十五歳の笑顔。対して藤川さんのそれは、本当に柔らかくて、優しくて、ほっとして癒される。食べる仕草も、私だと「パクつく」ように見えているのだろうが、藤川さんは「運んでいる」といったような光景に見える。本当に、ひとつひとつが綺麗だ。
「そういえばさ、あの」
思い切った口振りで切り出されたかと思うと、少し躊躇うような様子になり、私は「何ですか」と目線で問いかけるように首を傾げて顔を覗き込む。
「いや、あの、他意はないんだけどさ。……その、高校のときの彼、は、どうやって付き合い始めたの」
なんだ、そんなことか。「他意はない」と言うのは、神崎さんとのことなのだろう。二割くらいは嘘なのだろうが、八割の真意になんとなく気づくので、話を聞いてみる。
「佳代子さんのことがさ、今でも引っ掛かってるくらい大きな存在だったのに、どうして三人の中でふたりがくっついたのかなって。なんとなく気になって」
「うーん、そのことも佳代子が絡んでるんですよね。わたしたちふたり、帰宅部で、佳代子は吹奏楽部だったんですよ。それで、わたしたち、よく三人で一緒に帰ってて」
「うん」
箸を胸の前で浮かせて斜め上を見上げながら、そういえばそうだった、とあの頃のことを思い出す。
「それで、佳代子を玄関口で一緒に待ってる間に、自然に好きになっていったというか。でも、まさか両想いになるとは思いもしなかったんです」
「あまりにも佳代子さんの存在が大きすぎた。だから彼と佳代子さんが両想いだと思ってたのね」
「そうです。だって、私だって、あいつだって、佳代子のために時間捧げてるようなもんだったから。まるで」
「『捧げる』なんだ」
「はい。そうしてまで、傍にいたい何かがあった。守りたくて、大事にしたくて。だから……私も、佳代子のことが好きだったのかも。本当は」
考え事をしながらだと食べる方まで気が行かないのか、丼の中は具だけが減って、冷えた米が顔を覗かせている。