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しっかりとした料理など滅多にしないせいだろう。切れ味の悪い包丁はライムの身を素直に通らずに潰れる。どうせ瓶の口に捻じ込んで更に潰すのだから気にしないでいいことはいいのだけど、こういうのは見た目からでも気分的に味が決まる。でも仕方がないか、と六等分に切ったうちの二つを一つずつ、薄黄色に透き通ったビールが入っている瓶の口に捻じ込む。残した四つはラップに包んで適当に冷蔵庫に放り込む。
「もう明々後日から夏休みなんだってな」
「みたいだね。早いね」
格好つけた形の間接照明がすみっこでオレンジ色に灯る部屋に移動し、ローテーブルに先ほどの瓶を二本置いて、向かい側に座る。見遣ると左肘を突いてテレビを見ている。報道番組だろうか。中学生が友人を自分の家の前で殺害したという事件が映し出されている。私も無意識にシンメトリーになるように肘を突く。
「そうだよ。というか俺らの世代、二十日が早く来る場合、土日跨いで終業式やってから夏休みじゃなかったっけ」
「だよね。でも仕方ないよ。年々どんどん暑くなってくしさ。熱中症対策だよ」
一昨年より去年、去年より今年と暑くなってきている。きっと来年は今年より暑い。それでも今日は少し涼しいので、エアコンの設定温度をいつもと同じにしていては寒く感じる。そっとベッドサイドに手を伸ばしてリモコンを弄ってみた。こちらをちら、と見られたが何も言われないのでよしとする。
「なあ、お前とまた会ってさ」
唐突に切り出される。しかし、この言葉だけで何を言わんとしているかがわかる。その口ぶりは、湿っぽくもあり、空っぽのようにも聴こえる。
「密度が濃いんだよなあ、佳代子を思い出す密度が」
テレビの灯りに照らされた横顔は内容が頭に入っているかどうか怪しい。「あの頃」を振り返りながらライムを食んでから瓶に口を付ける人相は、虚しくも「あの頃」とはかけ離れて、年相応の顔になってくたびれている。私もまた、そう見えているに違いない。
「四ヶ月前、なんでまた会っちまったんだろう。なんで俺たち、まるで約束したみたいに上京しちまったかな」
その言葉で思い出す。ズキッ。心なしか、胸の奥まで何かが刺さったように痛い。「まるで約束したみたいに」。その一文で、あの頃をくっきりと思い出す。
「ほんと、そうだよね。あの頃のわたしたちもそうだった。まるで約束したみたいにさ、佳代子の朝練に付き合ったよね」
咄嗟に出そうとした声は、上手く発声できず掠れている。思わず小さく咳払いをする。
「付き合うって言うか……おれたちが勝手に朝練の時間に登校してただけじゃなかったか」
「そうだけど。それでも、本当に。それが当たり前だったように思う」
「そうだな、当たり前だったわ。あんな細い身体でさ、チューバなんか吹いてさ」
「しかもそんなに上手くないの。それでもかえってそれが、青春の音だったというか」
「……思い出すよな。夕方とかに、中学校や高校の近く通ったりすると」
「わかる。楽器の音とか詳しくないけどさ。変に外れた音聴くと、ね」
ふふっ、と柔らかい、懐かしさが込み上げた笑みが漏れる。その笑みが重なり、心臓が跳ねる。そして、感情の共有ができたようでホッとする。
しかしそれがまた「あの頃」の輪郭をはっきりさせるようで、しんみりして黙り込んでしまう。私は言葉を探して口を開く。