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土曜のスターバックスは当然のように人が多い。芋洗いとまではいかないが、注文と会計と受け取りの列は前と後ろがくっつきそうなくらいみっちりと距離を詰めて並んでいる。丁度、窓際のテーブルが空いたので、財布を抜いたショルダーバッグを三好さんが置いて確保してくれる。いくらカーテンを張ってくれていても、布越しに陽が差していてやはり暑そうだ。でも、そこくらいしか三人でゆっくり談話できそうな場所もないので、断念する。私はキャラメルフラペチーノを頼んでから代わりに受け取ってもらうようにお願いして、お手洗いへ向かった。そこで見た鏡には、顔剃りを怠ったために頬のファンデーションがいつもより酷くヨレている私の顔があった。
「ちょっとびっくりしましたよね、いきなり呼びかけたりして」
申し訳なさそうに微笑みながら眉尻を下げる三好さん。ここは、正直に言うしかない。
「まあ……ただ同郷ってだけでこうして声をかけられるなんて、思ってもみないものですから……」
「でも。交通事故のことですよね、七年前の。どうしておれたちが関係あるって、わかるんですか」
更に直球に切り出す様子に、少し胸が跳ねる。
「勘が良いですね。流石というか何というか……」
用件の理解の一致を手にして、ほっとしたような、それでも申し訳なさそうな顔をする。それはそうだ。だって、七年前もの他人の悲しみをわざわざ引っ張り出してくるのだから。
「きみたちの顔は、見たことがあるんです。僕は、佳代子ちゃんの、家庭教師でした」
三好さんの瞳はカプチーノの方へ下りて、揺れている。
「佳代子ちゃん、きみたちの話をするとき、とても楽しそうだったんですよ。スマホの待ち受けも、きみたちの写真で」
「ああ、はい……」
「知ってます。俺も……見たこと、ある。でも、それ、三好さんも見たことあるんですね」
「はい。嬉しそうに、見せてくれたんです。これが、私の親友だって」
「親友……」
「親友、ですか」
親友。わたしたちも、佳代子をそう思っていた。でも、気づいた。佳代子が居なくなってから、佳代子はそれ以上の「何か」だって。
「その写真を見せてくれるとき、いつも笑顔なんですよ。僕、きみたちの名前がなかなか覚えられなくて……友達でも、生徒でもなかったんで、すみません。へへ……。笑顔のきみたちの写真を指さしながら、今日の出来事、昨日の出来事、次は何をしたい、とか」
湿っぽくならないように微笑みを湛え、ぽつらぽつらとひとつひとつ言葉を選んでくれているのがわかる。ずず、と手元のものを啜りながらわたしたちは頷く。
「そのときの佳代子ちゃんの笑顔、写真の中のきみたちの笑顔と同じだったんですよ。全く。はしゃいだような、弾けたような。声こそ落ち着いてた子だったけど。……なんというか、佳代子ちゃんが撮ったきみたちの笑顔、今にも声が聴こえてこっちにやってきそうだったので、本当に……本当にダブって見えて」
知らなかった。よく見ていなかった。わたしたちが一緒に居たことの証人が、ここにも居るんだ。わたしたちの中だけにあるわけじゃないんだ。でも、写真を見ただけでそんな風に思っててくれていたなんて。
三好さんがカプチーノを少し飲んでから顔を上げる。わたしたちを一人ずつ見る。
「きみたちは、佳代子ちゃんの一部だったんだよ。きみたちが彼女を作った。……そんなきみたちと、俺は会えて嬉しい」
それでも三好さんは寂しそうで、それでも幸せそうに、微笑んでいた。それからわたしたちは、共通の佳代子との話題で持ちきりになった。皆、寂しそうだった。でも、誰ひとり泣かなかった。故人を想う気持ちに、涙なんて必要ない。