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漂流できない  作者: まがり 小夜
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 明かりの弱い常夜灯だけを灯した部屋、ポップコーンを手に取る明かりの頼りはテレビから差す光だけだ。ベージュともピンクとも言えるボア加工のカーペットに座り込んだまま、さくさく、とベッドの上から聴こえる咀嚼音を背に、緑の瓶からグラスにビールを注ぐ。一口煽ってから肘を突き、きっと今私は口を開けて虚無を見つめるような顔でテレビを眺めているんだろうな、と考えていると、

「こんなさあ、枯葉や虫が写ったところで、あとあと違うもんだってわかるの、虚しくないんかね。一回や二回じゃないんだろ。めげたりしないのかな」

と、高校の時からのツレが間延びした声で言う。

「所詮老人の遊びっしょ。暇だからできんじゃないの。させてやっても良いじゃない」

「だけどさあ。俺だったらもういいわってなるかな。こんな、絶望しても飽きないっていうか……昭和の根性ってやつかね」

 投げやりな、呆れたような、理解を諦めたような物言いに思わず、ふふっ、と鼻から笑いが漏れてしまう。

「昭和の根性って言えばあの工藤係長がさあ」

「ああ、冷戦上の鬼」

「そう、またその鬼が発動。今度はやっと手配が終わったかと思ったら、自分が変なこだわり出して提案してきた方法をやっぱり元の方法で行きたいって言いだしたんだぜ」

「やり直し的な」

「そうなんだよ。最初、『変なこと言うよな』とはみんな思ってたんだけどな、やってくにつれて結構いい方向に進んだわけ。やり易いのなんの。これなら顧客先も満足してくれるって」

「ほう」

「そんでよ、その追い上げのときになって、そう、まさに冷戦状態よ。みんなさあ、ピリピリしながら黙々とやってんのにさあ」

 はーっ、と長い溜め息を吐いてから、がさごそっ、とポップコーンを袋からひと掴みする音がする。今頃口いっぱいにポップコーンを頬張っているのだろう。私はぼんやりとテレビを眺めている。司会の関西弁の男がもうひとりの司会に噛みついて軽く肩を叩いている。

「納期も近いんだぜ。それを『えっ、そこからやり直し。マジか』ってみんな思ったよ。行ける行けるって言ってさあ、確かに行けないことはないけどさあ」

「ふっ、だから今日こんな遅くに来たんだね。まっすぐ家に帰りゃ良いものの」

「だーってさ、聞いてもらいたいじゃん」

 どこかあざとく問いかけてくるものの、その歳でその口調はキツイと思い、思わず肩を揺らして笑ってしまう。

「馬鹿にすんなよなっ」

 向こうもふざけて背中を裸足で蹴ってくる。そこそこ痛くてびっくりしてしまい、身体が動いた拍子にゴトッ、とローテーブルの上の瓶とグラスが揺れてどきっとする。

「もう、やめてよ」

 こうやってケタケタ笑い合っていると、高校生の時を思い出す。少しセンチメンタルになりながらひと通りやり取りを続け、再び静かにテレビを見つめる。トンチキな内容でシュールに笑いを誘うこの番組は意外と裏番組よりは人気があるようで、ゴールデンタイムの笑いとは違う。みんな、ギャハハという笑いを求めつつも、反対にこういう静かに笑えてしまうものも求めたりするものだ。そんな誰目線かどうかわからない考察をしている間に画面下にスタッフロールが流れる。瓶の底に少しだけ残ったビールを直接口をつけて喉に流す。

「じゃ、俺帰るわ」

 後ろから立ち上がる気配がするので私もテーブルに手を突いて立ち上がる。クラッチバッグは暗闇の中、黒だったのか紺だったのか、はっきりと思い出せない。右手にキッチンが見える廊下を通って玄関にたどり着き、玄関の電気をつけて紺だ、と確認したと同時に声がかかる。

「なあ」

 顔を確かめると普段見ないような、真顔なような、そうでもないような、どこか複雑な表情で、私は何を考えているのかすぐにわかった。

「佳代子がいたら、今頃どうなってたんだろうな」

 じゃ、と、私の返答も待たずに片手を挙げると、白っぽい緑の扉を開けて出ていく。開けた隙に、少し家の中に熱気が入り込む。


 もうすぐそんな時期か。

 扉を見つめる私の顔は、きっとさっき見たものと同じ表情をしているのだろう。ふう、とひとつ溜め息をつくと、扉の鍵を閉めた。

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