5:ワープと脳筋
穴だらけの屁理屈回です。
宇宙トラック羊号は今日も宇宙を飛んでいた。
追加の仕事があったので、その分の食料と消耗品、エネルギーの補給のため別の星に向かう途中だ。今日もデブリが漂う空間をフワフワと漂っていた。
今のところは事件もなく、AIのモノリスは定期点検を終えて操舵室に戻ると船長の山は本を読んでいた。
今日の本は「移動に関するポストワープの黒歴史」。
最近モノリスは学習した。船長は普段はめんどうくさそうに会話するが、趣味はそうでもないらしい。
乗員との会話を円滑に進めサーポートするノウハウを習得するのも試作AIであるモノリスの仕事であった。
高速で演算すると話しかけるタイミングとかける言葉を用意する。
そして次の定期点検のアラームをセットすると、モノリスはお茶と和菓子を用意して山の前に差し出した。
「船長、その本は面白いですか?」
「なかなか面白いぞ」
どうやら正解だったようだ。
「どういった内容かお聞きしてもよいですか?」
「お茶を飲みながらでいいか?」
「どうぞどうぞ」
モノリスの会話スキルがアップした。
「移動に関するポストワープの黒歴史」はワープの問題点の概要と、その代わりとなるべくして作られた技術の悲しい結末がつづられていた。
ワープで移動する目的は離れた距離を一瞬で移動するということに尽きるだろう。紙の上にあるAとB地点の空間を捻じ曲げてAとBを接触させ距離を0にする
という説明が有名だ。そして欠点も有名だった。1回のワープのためにかかる空間を捻じ曲げるエネルギーが天文学的に増える事、捻じ曲げた空間の内部物質の安全性、狙った空間だけピンポイントに歪曲させる制御技術etc.。結局この辺境宇宙では多岐にわたるワープの問題を解決できなかったのである。
そこで様々な代用方法が考えられた。その内の一つに分子コピー機を使用する方法である。質量の無いデータを飛ばして物質を再構成すればいいんじゃないかというかなり乱暴な方法だった。
この方法の問題点を挙げてみよう。
①情報を物質に再構成する必要がある点。一番簡単で実現性が高い方法は分子コピー機を設置することだ。情報を観測して理解するいわゆる観測者と再生する道具があり場所にワープ位置が限定されることとなる。
②分子コピー機の限界がある点。さて生きているとはなんだろうかと考えた時、生命活動の連続性というものがあげられるのではないだろうか?体内の細胞一つの単位でも変化が起こり続けている生物を、変化させ続けながらもととなったモデルとコピーするということは果たして可能なのだろうかということだ。現在分子コピー機が食物はコピーできるが、生物がコピーできるとは明記されていないのはこのためである。一応ナノマシンにより組み立てていない部分も擬似的変化させ続けることは可能であるが、人体の変化を動的にリアルタイムで計測しシュミレートを行わなければならない部分については難しい。脳の変化と人などの精神はつながっておりわずかなズレが人格や記憶の変容を引き起こすと考えられるからだ。
③オリジナルの意義の点。ワープしたものはワープした後と同一のものである必要がある。ポストワープとしてコピー機を使うとしたならオリジナルという概念をどうするかという問題がおこるのだ。
そんなものはどうでもよいという者も中にはいたが、そういうわけにはいかなかった。オリジナルの自分だろうが他人だろうがどうでもよいということはつまり誰もが生きていても死んでいてもどうでもよいということだからだ。もっと突っ込むと何が起きようが気にしないということだ。
「つまり倫理の問題がこの方法に立ちはだかったのさ」
和菓子をつまみながら山は続けた。
特にこれは利権とオリジナルという概念が密接な関係にあった場合、例えば資本主義の場合は解決しなければならない問題になるのではないだろうか。
あるグループでは宗教的観点から肉体の死、物理的停止は問題ではないとし、精神の連続性の継続状態を人間のオリジナルとして認めることとしたのである。
そしてオリジナルのデータを電子データに移行し肉体を消去しようとするのだが、無理であった。
結局精神としてのオリジナルが死ぬことも避けられなかったのである。
「そのことが宗教戦争や社会戦争の引き金となり逃げることもできずに、歴史の中にきえていった社会思想グループがいくつもあったという話。そういうことをまとめたのがこの本だ」
「つまりポストワープは理性がある生命体では難しいのでは?」
お茶のお替りを入れながらモノリスは答えるのであった。