3:魚と呪文とプリンター
強引すぎる展開ですいません。
羊が一匹、羊が二匹。
羊にそっくりな宇宙トラックだが、今日は飛んでいなかった。
対デブリ用の羊毛のようなクッション外装で、壊れにくい閉鎖型のEM型推進器を機体下部に4基搭載し、後部には接岸用のアンカー。
今日はアンカーを伸ばして人工物に停留中。
最前部には大型ハッチ、渦巻き型のドップラーレイドーム1対にシャッター付きの窓が2箇所。
シャッター付きの窓は薄く開いて中が見える。中には人が乗っていない。
羊が三匹、羊が四匹。
山は羊を数えていた。宇宙に浮かぶ無人のプリンター施設に荷物を取りに来たのはよいが閉じ込められて暇だったのだ。
この辺境の宇宙では、ワープ航行技術は実用化されていなかった。
様々な問題が解決できなかったのだ。その結果代用案の一つとして材料をあらかじめ現場の近くに送っておき、製品を製造しておくという方法が選ばれた。食品から精密機械まで印刷できる分子印刷プリンターの時代が到来したのである。施設で作った製品配達のため羊号を一旦おりて無人施設に降りたのだ。
昔びた施設に入った途端、扉にデブリがぶつかって開かなくなった。
開けゴマ、と扉に向かって唱えてもやっぱり開きはしなかった。
幸いなことに空気はあったが本はないし、食べるものもありはしない。あるのはいつも身に着けている宇宙服と緊急セット、興味深かそうに辺りを漂う端末のドローンだった。
「船長、銀河パトロールと連絡がつきました。羊号のカメラからの扉の画像を送ったところ、今日中ここを出るのは難しいそうです。」
「めんどくさい、荷物の配達が遅れるな。配達元と配達先と本社に連絡はしたか?」
「関係各所に連絡は終了してあります。念のため羊号に戻った際にメールリストをご確認ください。何通か返信も届いておりますがどうされますか?」
「モノリス概要だけたのむ。お客様の情報はどこで漏れるかわからないからな。あまりここでは確認したくない。」
山のため息が終わるのをまってから羊号のAIは報告を始めた。
「送り元は、製品のプリント作業は予定通りに行うので、なるべく早めに送り届けてほしいそうです。送り先からは変更後の予測配達日のご質問です。本社は何とかしろとおっしゃっています」
「・・・」
「最後にプリンター会社から、事件のお詫びが届いています」
「その件は詳しく頼む。」
「古い施設のためデブリ対策が十分でなく、閉じ込められた船長と本社にお詫びされているようですね。普通は使えないはずの避難用ブロックが使えるように遠隔操作するそうです」
「普通は脱出用通路への案内があるはずなんだがな」
「古すぎる施設のため脱出口として使うはずの資材搬入扉が開かないそうです。パスワードを喪失されたそうですね」
山は頭を抱え込んで、
「後はお詫びに稼働していない分のプリンターで数日分の食料を生産していただけるそうですよ。」
悩んでいてもしょうがないので食事をとることにきめたのであった。最初に生産されたメニューは鯵の定食だった。
山が食事をレンジで温めている間、モノリスはドローンを使って内部の探索を開始した。サポートAIにとって情報の確保は仕事の基本だ。
資材搬入口のロックが音声入力であることを発見したり、プリンターをのぞき込んだり、施設の定礎プレートを眺めたり。そして疑問を持つのであった。
この時代のAIは関連性や共通性、物事の事象や文化の傾向を数字として置き換えることができるのだ。
物を見ると数値や幾何学模様が浮かぶ人々に学習型コンピューターを携帯してもらい、共通の傾向を抽出したシステムが完成していた。
異なる事象の数値の関係性が設定された数値を突破すると、ひらめきとして処理されるのであった。最もそれを言語に変換するのは難しく、それが何を意味するかも分からないブラックボックスと化していたが。
それでも何かに使えることがあるならば、使ってしまうのが人間の恐ろしいところなのだ。
自分の手に入れた情報を査定したモノリスは、山のもとに戻るのであった。
食事が終わるのを待ってから、山にモノリスは話しかけた。
「船長、今お時間良いですか?」
他にやることもなく、山はまさに暇だった。当社の伝統名物鯵定食と書かれた空き箱を脇によけながらモノリスに話をするよう促した。
この施設を作ったのは、現在施設管理を行っている会社の初代社長だったらしい。初代社長は昔話の収集家としても有名で、一時期地球の昔話をもとにした遊園地も経営していたらしい。
さらに調査の過程で判明した、資材搬入口の音声入力に物語のキーワードを喋れば扉が開くのではないのではないだろうかと推測を述べた。
暇だったのでモノリスに片っ端から、羊号の本体経由で検索した「開く」に関する言葉をしゃべらせてみたがさっぱり開かなかった。
モノリスは次第に口数が少なくなり、イアイア某、月曜日に現れるものなどとつぶやくようになってきた。ネタがつきて神話などにも手を広げ始めたらしい。
「なあモノリス、忙しいそうで悪いんだが、その初代社長について他に何かわからないか?正直飽きてきたんだが」
モノリスはしばらくの沈黙の後、ぽつりとこうつぶやいた。
「和食が好物だったと記録されています」
山は考えた。和食、伝統名物、少し捻って。
「開け、鯵!」
関係各所に連絡を入れた山達は、資材搬入口から羊号へ余った残りの食料と配達物を積み込むのであった。