2:スペースG
Gが出ます。苦手な方はスルーしてください。
デブリの漂う星の中、羊が一匹漂っていた。
もうちょっと正しく言うと、羊にそっくりな宇宙トラックが飛んでいた。
対デブリ用の羊毛のようなクッション外装で、壊れにくい閉鎖型のEM型推進器を機体下部に4基搭載し、後部には接岸用のアンカー。最前部には大型ハッチ、渦巻き型のドップラーレイドーム1対にシャッター付きの窓が2箇所。
シャッター付きの窓を閉め、眠そうにふわふわふわりと漂っていたのであった。
羊号の船長の山は船の掃除を行っていた。いらないものは屑籠へ、使わないものはラックに入れて固定する。
無重力空間では荷物を固定しておかないと、飛んだり跳ねたりして危険なのだ。山は1日のルーチンワークとして、船体の確認と清掃を必ず行うように心がけていた。山の邪魔にならないよう、AI端末ドローンが少し後ろに浮かんでいた。
「船長。質問してもよろしいでしょうか?」
ドローン上のホログラフから緑の長方形が話しかけてきた。モノリスと名付けた羊号のサポートAIだ。
このサポートAIはω社の試作品で、運用データを得るために話かけてくることがある。
山は少し止まって考えた。今は本も読んでいないし、塞がっているのは掃除機を持っている両腕だけだ。
「モノリス、掃除をしながらでいいか?」
山の回答を聞いた後、モノリスは感謝の言葉を添えながら今日も質問してくるのであった。
「普通船内清掃は1週間に1~2回と聞いています。船長の清掃はかなり多いと思うのですが何か理由があるのでしょうか?」
山は動きを止めて考えた。
「特に理由はないはずだ。点検のついでに掃除すればいいと思っていただけだ。船によっても違うだろうし埃がたまらない程度の掃除でいいと思うぞ」
埃は意外と危ないのだ。ちょっとしたことで火がついたり、粉塵爆発の原因になったり、細菌の巣や紛れ込んだ生物の餌になったりするのだ。
星間輸送は暇が多いので、ズボラな奴も中にいるが。
「生物の関係でこんな話も聞いたことがあるな」
掃除機をかけながら山はモノリスに語り始めた。
昔、豪華な旅行用の宇宙ツアーあったそうだ。
あまりにも豪華すぎて客はあまり集まらなかったらしい。それでもツアーは開催され船は出向したそうだ。
その宇宙船は無重力圏で事故にあったが、幸いなことに乗客は全員脱出に成功した。
のちに船に残した高価な手荷物を取り返そうととある回収業者に依頼が入ったそうだ。船の奥のコンテナ室に貴重品があるらしい。
業者は事故にあった船を見つけると、内部の探索を開始した。船の中はわずかに空気が残っていたが、呼吸するには困難で宇宙服を着たまま捜索を始めたそうだ。
船内の電源は生きているらしく、非常灯に照らされていろいろな物が浮かんでいたそうだ。
ロビー区画に到達するとなにかカサカサ音がする。食品の残骸に多数のGがいたそうだ。天然の食材などに生物が付着してまぎれこむことはたまにあり、今回事故の後に繁殖してしまったらしい。
一応AIを通して調べてみると、無重力では繁殖しないタイプのGだったそうだ。業者は気にしないことにしてコンテナ室に向かって進みだした。
そしておかしなことに気が付いた。コンテナ室に近くなるほどGが増えていくのである。嫌な予感がするものの業者はコンテナ室に進み続けた。
コンテナ室の前は思ったよりも静かであった。それでも中からカサカサ音がする。業者は万が一を考えてファイバースコープを扉の隙間から押し込んだ。
非常灯は薄暗く内部を見渡すことが難しい。
暗視モードでコンテナ室を確認する。壁には何もいなかった。床にもなにもいなかった。業者は一瞬安心する。しかしカサカサ音がする。
赤外線に切り替えて業者は部屋の中央を見た。
そこに丸い何かが浮かんでいたのである。
丸い何かは回転していた。回転している何かは時折何かを吐き出し吸い込んでいた。
丸い何かの頭上には排気ダクトが設置され何かが煙のように行き来していた。
拡大してみるとそれはGの塊だった。
Gは集まり回転することにより重力を生み出していたのである。業者は驚いてしまった。驚き身じろぎしてしまった。
運の悪いことにコンテナ室の扉のスイッチを押してしまったのである。
黒い塊は飛び散った。一瞬で飛び散った。壁に頭上に飛び散って隙間を探して蠢いた。
業者は叫び走っていた。自分でも説明できない恐怖に侵されひたすら叫んで逃走した。Gのいない方向へ。
しかしガサガサ音がする。背後から音がする。コンテナ室の排気ダクトは逃げ出すGであふれており、あぶれたGが流れだしてきたのであった。
パニックに陥った業者は途中で見つけた脱出カプセルに滑り込んだ。1人用のカプセルだ、狭い空間に滑り込み急いで脱出スイッチを押す。
ハッチは自動で閉鎖され、カプセルは船外に射出された。
しかしカサカサ音がする。Gは狭いところが大好きなのだ。狭いカプセルの隙間にもGは潜んでいたのである。
「その後SOS信号を受信した銀河パトロールに回収された業者は宇宙服を着ていたおかげで食べられたりはしなかったそうだけど、カプセルの中で真っ白になって気絶していたらしいという話だ」
「Gとやらはすごいですね。本来繁殖できない無重力にも対応するとは素晴らしい生命体ですね。」
「まあただの噂話だから本気にするなよ」
なんだかんだいいながら掃除ももうすぐ終わりそうだ。
その時警報が鳴り響いた。
山は掃除機をラックに収納すると急いでコクピットに駆け付けた。
「警報確認、5時の方向より接近する物体あり。宇宙船と思うが、モノリス向こうは識別コードを発信しているか?」
「識別コードなし。熱源あり。飛行の加速パターンから液体水素ブースター付きの宇宙船だと推測します。」
「船長、向こうから通信が来ています。『アリガネオイテケ』だそうです。」
「模範的な海賊だな。めんどくさい。SOS信号を出しながら進行方向はこのままで全力前進。パトロールがくるまで時間を稼ぐぞ。」
山はコクピットに座り込みベルトで体を固定した。逃げる方向に何があるのか調べようとしていると再び警報が鳴り響く。
「船長おかしなことが起きました。向こうが何かに飲み込まれていきます。」
「本艦は速度を落とさずそのまま前進する。モノリス新たにでてきたものは推測できるか?」
「大きすぎてわかりません。一応生体反応がある群棲のようですが」
「液体水素ブースターって水素と酸素で飛ぶんだっけ・・・まさかな」
ともかく山は逃げ出した。
数時間後に駆け付けたパトロールは船の残骸を発見したそうだ。