1:1光年メモリ
羊号の船長は山という名前で呼ばれていた。
山は仕事が好きだった。宇宙運送の仕事は①発艦②着艦③受け渡し以外は緊急事態がなければオートパイロットで暇だったからだ。好きなだけ本が読めた。人とも無駄にかかわることがなく、静かな時間が過ごせたのであった。
だが平和は長くは続かなかったのだ。
初めに欲しい本があった。MD5年ぐらいの絶版小説があったのだ。骨董品売り場で誰にも気づかれず眠っていたのだ。ちょっとお金を借りれば買えそうだったのだ。
後先考えずに買ってしまった。
そして生活がきつくなった。好きな本が買えなくなってしまったのだ。ごはんを抜くのはどうでもよいが次の本が読めないのだ。紙の媒体にしか残っていない貴重な本が読めぬのだ。
そんな時、上司がささやいてきたのである。
「山君。試作AIのテストしてみない?その分給料上げちゃうよ」
まさに悪魔のささやきだった。
こうして給料と引き換えに、充実した生活を手放すことになったのであった。
しかしそれでも本は読む。生きるというのはそういうことだ。
たまにパラパラと音がする。計器を見るが異常なし。航行中の異常なし。本に視線を戻そうとするとインターフェイスが話かけてきた。
「船長、今質問してもよろしいでしょうか?」
ホログラフには緑色の長方形が浮かんでいる。試作AIの対話用アイコンはいくつか登録されていたがどれもしっくりこないので長方形に決定した。シンプルなのが好きなのだ。本名は長いのので山はモノリスと呼んでいる。
「モノリス、本をの続きを読みたいんだが・・・」
「申し訳ございません。ですが乗員との会話データ収集も私の仕事になりますもので」
しょうがないので栞を探す。
基本業務の途中でなにをしていようが基本的には問題ない。プライベートのデータは配慮すると契約はしてあるし星間輸送業務時間は生活時間も兼ねるのだ。
だがデータ収集をすべて拒否するのはさすがにまずいだろうし、モノリスは一応許可を求めてからしか質問してこないのだ。
栞を挟んだ本をラックに入れて固定すると、モノリスと向き合った。
「船長、貴重なお時間をいただきありがとうございます」
「まあいいさ。ここら辺のデブリが多いのは惑星が破壊されたからだ」
「といいますと?」
「惑星破壊ミサイルでこの近くにあった連星のオブスAが破壊されて飛び散ったんだ」
かつてオブスAとオブスB。そしてそこから0.5光年の距離場所まである人造天体O-29は一つの巨大なデータベースを形成していた。
オブスAで莫大なデータを惑星規模で暗号化・ブロックチェーン化して電磁波として放出。0-29で一旦反射させて空間と時間をメモリ代わりにしてオブスBと放出軌道の中継基地でデーターのダウンロードを行い再びデータをオブスAに戻すというものであった。
なぜそんなアイデアが実行に移されたのかはわからない。データー量にたいして資源が少なくて済むとか劣化が少ないとか、冷却部分が少なくてよいとか言われていたらしい。
ただし性能は桁外れだった。そしてデータの安全性も桁外れだった。ブロックチェーン化したデーターが複雑に絡み合いすぎて解読がほとんど不可能なこと。さらに一種の情報生命体のように強力な自己修復作用を備えていたこと。電磁波の軌道上に障害物を設置しても破壊されてしまうこと。このシステムの軍事防衛能力が高くちょっとした国家並みだったことなどがあげられる。
周辺の星域の電子マネーや個人情報はこの1光年あるメモリーシステムによって管理されることが増え始めた。
ところがここで問題が発生する。とある星団が負債を抱えてしまったのだ。そしてそのデータはこのシステムに保存されていたのだ。追いつめられた者は馬鹿な方に突っ走りオブスAを破壊してしまったのだった。
「船長ありがとうございます。なるほど人間は追い詰めると危険だということがわかりました」
何やらモノリス言っている。
「読書に戻っていいかな?」
山は本を取り出した。
たまにパラパラと音がする。砂になったデブリが毛皮の隙間からこぼれ落ちていく音だった。