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学園国家の魔術書  作者: ココア
第二章
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話すべきこと


 セリアはずっと眠ったままだった。ベッドに寝かせてからすでに三時間が経過しているが、静かな呼吸をしながら目を閉じていた。ティア曰く、血を大量に消費したから体力が落ち、体温も下がっているため時間がかかるらしい。


「……」


 それでも俺は付き添っていないわけにはいかなかった。ティアの手よりも冷たい、けど必死に生きようと脈を動かしているセリアの手を両手で握りながら目を覚ますのをずっと待っていた。帰り際に言われたあの男の言葉が頭から離れず、気にするなと言い聞かせるほど鮮明に焼き付けられていった。


「隼人よ、このタイミングで言うのは聊か堪えるのじゃが……」


 寝室に入ってきたティアがこちらに進みながら真剣な眼差しを送る。一瞬にして空気が変わり、セリアの手を握っていた両手を離してティアの言葉に意識を向ける。


「広場に仕掛けてあった罠の数々と、直接隼人のことを狙った者は同一人物ではない」


「はっ……!? ってことは別の犯人がいるってことか?」


「そうじゃ、それだけでなく恐らく広場一帯に罠を仕掛けたのはたった一人だけじゃ。他の生徒たちが外に出ていなかったのも、転移術札を使って結界外に出したのじゃろうな」


 見た目にそぐわない大人びた口調で話したティアだが、新しい言葉を耳にして一瞬首を傾げた俺は話を一度遮って問いかけた。


「ちょっと待ってくれ。その転移術札……? それってなんなんだ?」


「ああそうか、まだ学生の隼人には知らない魔道具じゃな。術札というのは魔法の効果が付与された札のことじゃ。破くことで効果が発動するから、相手の意表を突くことで有名な戦術じゃな。これは私見じゃが……術札を作った本人とそれを配る者たち……少なくとも5人は居るじゃろうな」


 ティアの声は最初から最後まで切れることなく言葉を並べ続けた。低く、感情がこもった声はより真実味を増して一本の矢のように俺の胸に突き刺さる。


「まだ犯人が捕まっていないことを考えると、これからも何か仕掛けてくるってことだよな」


「そう考えるのが妥当じゃろうな。もし仮に今回の刺客がゴエティアの本気だとするなら、笑いが出てしまうわい」


 妖艶な微笑みをしながら近づいてきたティアが俺の膝の上に座って頬をつつく。見た目は12歳の幼女なのだが、それにそぐわない笑みをされたことに胸が一瞬だけ高鳴る。これが俗に言うギャップ萌えというものだろうか。


「まあ心配することはない。霊殺しの名にかけて隼人はわしが守ってやる。それに、今お主を守るのはわしだけではないじゃろう?」


 諭すような言い方をした後、ベッドの上で優しい寝息を立てているセリアの方に視線を向けるティア。最初は噛みついていたティアだが、今はこんなにも心配そうに……そして暖かな視線を送っている。


「ティアがそんなに心配するなんて珍しいこともあるんだな」


「そうじゃな……わしも隼人以外でこんなに心配するのは初めてかもしれん。けど、それはきっと同じだからじゃろうな」


 含んだようなことを言いだしたティアはそれ以上多くのことを語ることはなく、俺の体内なかに入っていく。三人での生活が慣れてきた今日この頃、いきなりセリアとの二人になると部屋が広くて静かなように感じてしまう。


「一番最初は一人だったんだよな……」


 再びセリアの手を両手で握りながら高等部に進学したばかりの頃を思い出す。あの時はこの部屋を一人で贅沢に使おうとか思っていたけど、今更一人で過ごすことなんて考えられなくなっていた。祈るようにして額にセリアの手を近づけ、“早く目を覚ましてくれ”という願いを込める。


※※※





「……んん? いつの間にか寝てたのか」


――気づけば月明りが窓から差し掛かっていた。いつの間にかうたた寝をして随分と長い時間眠っていたらしい。

 セリアはまだ眠っているけど、起きていた時よりも呼吸が安定していて顔色も随分と良くなっていた。一安心したところで喉の渇きを感じた俺は台所に行ってコップ一杯の水を乾いた喉に通す。砂漠の地帯にいっぱいの雨が降ったように潤いを取り戻し、セリアが寝ている部屋に戻った。


「せ、セリア……!! 起きたのか!」


 仰向けで寝ていたはずのセリアが体を起こしている光景を目にして心が躍っているような声で言葉を並べながら駆け寄る。無表情のままゆっくりと首を回したセリアだったけど、その顔はいつもより悲しそうに見えてしまう。


「……ごめん」


 短い沈黙を破ったセリアの声はとても弱々しく、空気のように直ぐに溶けてしまった。重くなってしまった唇を動かすのは困難になってしまい、どんな言葉をかけても白々しくて何かを発しようとする気持ちにストップをかけていた。


――それは隼人らしくないのぉ。


 俺の考えを全て見透かしたティアが心の中で話しかけてくる。何かを諭してくるような言い方をしたティアはそれ以上多くを語ることはなく、俺の問いかけにも答えてはくれなかった。中途半端に押された背中は却って踏み出そうとする意志にストップをかけ、完全に口を閉ざしてしまう。


「隼人……私の話を聞いてくれる?」


「えっ……?」


 ようやく開いた口はセリアの放った言葉を完全に理解することは出来ず、次の言葉を考えるための時間を稼ぐために発せられた言葉だった。


「い、いきなりどうしたんだセリア? 話って……」


「私の過去の話。隼人が以前聞きたいって言ってた」


「でも、まだ話したくないって」


「うん……けど、話さないといけないと思った」


 片言のように並べられた言葉を言いながら、セリアはずっと体を震わせていた。無表情というのは何も感情を感じないのではなく、感情を外に出さないことである。セリアは感情を表情に出すのではなく、行動に出していた。

 体を震わせているのは恐怖から来ており、布団を強く掴んでいるのは意思の強さを表しているように見えた。


「分かった。じゃあ話してくれ」


 一度大きな深呼吸をした俺は改めてセリアに答えを返す。それを聞いたセリアは肯定の意思を示すように数度頷き、淡々と自分の過去の話を進めた。





―――彼女が生まれたのは今から12年前のこと。セルベーレ家の二女として生まれた。

 セルベーレ家は今まで優秀な召喚術師を誕生させており、その強さは世界でもトップクラスの名門家だった。生まれてすぐ適正検査を受けるセルベーレ家はセリアが生まれたときでもやることは同じだった。


 力強く産声を上げながら生まれたとしても、それを喜ぶのは適性検査の結果によって変わってしまう。母親と父親は精いっぱいの期待の眼差しを送っていたが、適正結果は悲惨なものだった。名門家にはあってはならないほどの平均。召喚術師の才能は皆無であり、霊力は人並み以下だった。筋力、体力などは人並みから一線を越えていたが、セルベーレ家で必要としているのは召喚術師としての強さだった。


「ハア……使えない子ね」


 検査を終え、生まれて最初にかけた言葉は蔑みと呆れの感情が入り混じったものだった。これから自分がどんな人生を送るのかも分からない赤子は必死に産声を上げるが、祝福をする者はここには居なかった。ゴミを見るような目で赤子を見つめ、まるで押し付けるようにして近侍にセリアを渡した。


「お父様、あのね!」


「……」


 五歳になったセリアはまだ自分が置かれている状況を理解していなかった。無邪気な笑顔で父に近づくが、何事もなかったように通り過ぎる父。それは母親においても同じだった。召喚術師として使えなければ家族として見られることはなく、そもそも生まれたことさえ認められていないのかもしれない。


 何をしても、どんな言葉をかけても何一つ反応してくれない両親を見続けたセリアはようやく気が付く。


――自分は居ない存在だと。最初からこの世に生まれていない人物なんだと。


 五歳の少女が何をしても見てくれない両親を知って、行きついた答えだった。


「そっか……私は……居ないんだ」


 無邪気な笑顔を見せていたセリアはそこから笑みを見せることはなかった。五歳で笑顔を、感情を表に出さなくなったセリアはずっと自分の部屋に引きこもることにした。自分は必要とされていない、自分はこの家にもこの世のどこにも居場所がないと両親の顔が言っているような気がしていたのだ。


「なんで……? なんで、なんでなの?」


 部屋の隅で耳を塞ぎ、胸が焼き尽くされるような衝動に押しつぶされそうになったセリアはずっと叫んだ。叫び続けていた。自分が見られていない苦しさと、元々生まれていない存在として扱われる悲しさが一人になって爆発してしまったのだ。


――それから三年間、セリアはずっと心を閉ざした。無表情で、無関心で、何にも期待をしない人形に近しい人間が誕生してしまったのだ。


「セリア、入るわよ」


 部屋の隅で亡霊のように座っているセリアがその声を聴いた瞬間に生気を取り戻す。虚ろだった目に色が戻り、より人間らしい姿に戻っていた。そう。なぜなら初めてだからだ。母親がこの部屋を訪ねるのも、自分の名前を呼んでくれるのも。


「うん!!」


 三年前のような笑顔を取り戻したセリアは年相応の返事を返して部屋のドアを開ける。心を躍らせ、どんな言葉をかけてくるのか期待を胸にしてドキドキしていたセリア。そして、そんなセリアに母親は精いっぱいの微笑みを見せて言葉をかける。


「セリア……あなたにしか出来ないことなの」


 言葉を巧みに操った母親はセリアの気持ちを利用したのだ。今までセリアは自分を認めてほしくて様々なことをしてきたが、両親はそれを見ようともしなかった。しかし、両親はセリアが認めてほしいからやっているということは知っていた。

 だからこそ無視をし続け、偽りの愛情を今注いでいるのだ。


――当時八歳だったセリアは母親が自分のことを利用しようとしていたことなんて考えることもせず、素直に返事を返したのだ。必要としてしなかった母親がようやく自分のことを必要としてくれた嬉しさ、期待に応えれば認めてくれるかもという希望を胸にしてセリアは……軍に行ってしまったのだ。

 そこで待っていたのは家よりも悲惨で過酷な日常だった。母親が自分の感情を、気持ちを利用して軍に売ったことに気づくことはなく、実験と称して数多くの苦しみを味わってきた。


 温かいご飯も、フカフカなベッドも、広い部屋も与えられない生活。奥から響いてくる断末魔の叫び声と、失敗の跡が目立つ実験室。


「これも失敗か。まあ、実験体はいくらでもいるから構わないだろ」

「捨てられたお前らに人権があると思うなよ。精々(俺達)のために頑張ってくれ」


 何度も何度も実験を繰り返す。苦しくても手を差し伸ばす者もいなければ、処置を施すような真似をすることもない。苦しみで死のうが、実験で死のうが軍にはどうでもよかった。100人失敗しても101人目成功すればそれでいいのだ。


――セリアが軍に売られてから二年の月日が経過したとき、ようやくその実験が成功した。並の人間よりも広い範囲で刻まれた刻印は、人間ではあり得ないほどの霊力量を誇る。最初の頃は期待を胸に母親のことを信じ続けていたセリアだったが、時間が経つにつれて再び人形のようになってしまった。


「おめでとうセリア君。君は今日から、レメゲトンの一員だ」


 その言葉を聞いても喜びの感情は一切わいてこなかった。10年間、蔑みと苦しみの毎日に手にした未来は本当に自分の望んだものだったのかと言う衝動に駆られたセリアだが、決してその感情を表には出さなかった。


「分かった……」


 問題がないように、何も感じていないようにただ返事を返した。こうして、今のセリアが誕生したのである。

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